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『家族ダンジョン』第25話 第二十四階層 精神攻撃

 案内板に嘘偽りはなかった。階段を降りた先は一直線の道で、左右に武器防具を売り物にした露店がぎっしりと並ぶ。各店主は起立した状態で沈黙を保っていた。
 道には誰もいない。故に威勢の良い売り文句が飛び交うこともない。異様な静けさに包まれ、一行の沸騰した頭は一気に冷えた。
 茜は声を落として言った。
「これって、どう思う?」
「んー、私達が通るのを待っているとか」
 冨子は痩せ細った皮袋を逆さまにして振って見せる。
 各店主は全く反応しない。無表情を貫く。
「社運を賭けたプレゼンよりも緊張する」
 息苦しさを覚えるのか。直道はネクタイを指で緩めた。
「だらしのない連中だ。偉大な俺様に憧れて集まった民衆と思えばよいのだ」
 カツカツと高らかな足音でハムが道の中央を突き進む。各店主は無反応。目で追うこともなかった。
 茜と冨子が顔を見合わせる。
「どういうことだろう」
「ハムちゃんには人間の装備品が合わないから、なにも勧めないのかもー」
「無一文には反応しないのかもしれない。私としてはそちらの方が有難い」
 直道は軽く肩を上下させて一歩を踏み出す。その背に二人が付いていく。
 突然、各店主が大声の説明を始めた。
「この飛燕ひえんの短剣は間合いの短さを欠点としない逸品だよ! 投擲武器とうてきぶきとして使えて、なんと持ち主のところに自動で戻る魔法が付与されているよ! この名品がたったの金貨百枚! 百キルトだよ!」
 若い店主は前のめりで茜に売り込む。
「その、欲しいんだけど、お金がなくて……」
「絶対に買って損はないよ! 百キルトだよ!」
 店主は話を聞かない。血走った眼で笑顔を作り、短剣を振り回す。
「いや、ホント、無理だから」
 茜は泣き笑いの表情で速足となる。
 先をいく直道と冨子も例外ではない。威勢の良い声が飛ぶ。
「妖艶なお姉さんには紫紺のドレスがよく似合う! 魔女が施した魅了の魔法は好みの男を引き寄せて従順な下僕に変える! 使い方によっては王様さえも従えることができるかもしれない! この伝説級のお宝が百五十キルトだ!」
「それ、欲しいー。とても欲しくてたまらないのにぃ」
 口元がだらしなく緩んで冨子は身悶えた。
「偉丈夫の貴方には龍王の籠手こてがオススメだよ! 素材は本物の龍だ! 防具にも使える上に武器にもなる! 腕力を増大させる効果が素晴らしい! 窮地を好機に変えるよ! 二百キルトで買えるのは、ここだけ! ここだけだよ!」
「……すまない。本当にすまない」
 直道は頭を下げた。誰とも目を合わせられず、足早に道をゆく。
 先頭にいたハムがぷるぷると震える。歩く足は極端に遅くなり、いきなり後ろを振り返った。
「この差はなんなのだ!」
 追い付いた直道は早口で言った。
「豚になりたい」
「なんだ、それは?」
 続く冨子も同じ台詞を吐いた。
「私も豚になりたいー」
「だからなんだ!」
 とどめとばかりに茜が続く。
「私も豚がいい」
「だから、なんなんだァァ!」
 ハムの絶叫を三人は無視した。足元を見ながら小走りで逃げ出した。

 無一文に熱烈な売り込み。精神攻撃に等しい状況に一行は耐え忍ぶ。暗澹あんたんたる顔で露店街を通り抜けた。
 その先に一つの露店があった。他とは違って道の真ん中に構える。
「あれって」
「あれだよねー」
「またか」
 店主の顔を見た瞬間、三人は険しい表情となった。ハムは憤りを隠せず、カツカツと真っ先に向かっていった。
「そこの爺、待ち伏せか! 装備品を使えない俺様への嫌がらせは万死に値するぞ!」
「はて、なんのことでしょう」
 小柄な老人は禿頭を平手でぴしゃりと叩く。
 直道は見定めるような目で言った。
「五郎と四郎の名に覚えはありませんか」
「ああ、そういう意味でしたか。私は三郎と言います。早速ですが、商品の売り込みをさせていただいてもよろしいでしょうか」
 冨子は台の上の品物に目を向ける。サングラスのような物が三人分。あとはクリップと小さな円柱のような小物が置かれていた。
「どんな魔法が掛かっているのかしらー」
「特別な品ではございません。少し視界がよくなる眼鏡に鼻栓代わりのクリップと耳栓になります。どうやら懐具合が思わしくないご様子。今回に限り、無料で提供いたしましょう。いかがでしょうか」
「んー、役に立つかなぁ」
 冨子は周囲に目をやる。茜と直道は考えるように口を閉ざす。
 ハムは台の上に前脚を掛けた。後ろ脚で立ち、並べられた物を見る。
「俺様の魅力を引き出す物はどれだ?」
「申し訳ありません。私共は家畜用の装備は扱っておりません。長期保存が可能な干し肉は取り扱っていますが、共食いの危険性がありますのでお勧めは致しません」
「うむ、よくわからんが高貴な俺様に相応しい品はないということだな」
「……豚の装備はないって意味だよね。さりげなく共食いって」
「そうだよねー」
慇懃無礼いんぎんぶれいの見本のようだ」
 直道は感心したように軽く頷いた。
「他の皆さんも必要性は感じていないのでしょうか」
「そうだねー、ちょっと必要ないかなぁ。またなにかあったら、頼むかもしれないからよろしくねー」
「承知いたしました」
 老人は深々と頭を下げた。
 一行は露店の先へと向かう。突き当りの壁の手前に降りる階段があった。目にした瞬間、一様に安堵の声を上げた。
 老人は軽く後ろを振り向き、どうなりますか、と嗤いを含んだ声で言った。


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