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『家族ダンジョン』第6話 第五階層 チュトリア

 三人は縦一列になって階段の中央をそろりそろりと降りてゆく。
 先頭を買って出た直道は脇目を振らず、顎を引いて歩いた。冨子は大柄の背中に隠れるようにして付いていく。最後尾の茜は頭を固定しながらも、ちらちらと左右に目を動かした。
 次の階層は遥か下にあった。他とは作りが違うのか。二十歩の限界を超えてはっきりと見える。灰色の石で組まれた建物は小箱のようにひしめいていた。
 茜は生唾を飲み下す。
「突風がきたら、これって……」
「吹かないと、思いたいー」
 冨子は一層、身を丸くした。直道は硬い声で言った。
「ゲームで、街は、定番なのか」
「あるけど、こんなに高くて……怖いなんて、思わなかったよぉ」
 若干の涙声で返す。
 三人は無口となった。足元に意識を集中して降りてゆく。
 半ばを超えた辺りで速度が上がった。足音は重なり、各々の背筋が伸びた。先頭の直道が街に辿り着いた。冨子が続き、茜は気の抜けたような表情で、やっとだよ、と口にして両脚で着地した。
 階段の側には野良着姿の青年がいた。ショートの金髪でにこやかな顔を見せている。
 何かしらの情報を得ようと直道は声を掛けた。
「ここはどこですか」
「おや、見掛けない顔だね。チュトリアにようこそ。余所者でも歓迎するよ」
 耳にした茜が渋い顔となった。
「チュートリアルっぽい名前なんだけど」
 青年は同じ台詞を繰り返す。冨子は近づいて目を合わせた。
「瞬きしないんだね。言葉も同じだし」
「この人の役割はこれで終わりなんだよ。街には情報をくれる役目の人もいる。旅人が集まる酒場とか、ゲームではよくあるよね」
「未成年が出入りしていいところではないが」
 直道は苦々しい顔で難色を示した。
「お酒は飲まないし、興味ないんだからいいじゃない」
「ここが異世界なら、お酒に関する法律がないかもー」
 やんわりとした冨子の指摘に直道は、一理ある、と簡潔に言った。
 その場で三人は今後の行動を話し合った。三者三様とはならず、意見はほぼ一致した。細かい部分を摺り合せる程度で済んだ。
 決まったとばかりに茜は制服のスカートを翻し、近くの扉に直行。真鍮のノブを掴んでいきなり開けた。
 直道が慌てた様子で飛んできた。
「何をするつもりだ」
「なにって。街の構造を見て回りながら情報収集するんでしょ?」
 不思議そうに答える茜に直道は溜息混じりに言った。
「それなら最初にノックをして」
「しないよ、そんなこと。勝手に中に入って家具やツボがあったら調べる。金品が出たらラッキーで、それから話を聞くんでしょ」
「かわいい強盗さんだねー」
 冨子の微妙な合いの手に直道は力なく顔を振った。
「この世界がよくわからん」
「難しく考えないでのんびりやっていきましょうよー」
「……少し気が楽になった」
 直道は僅かに口角を上げた。

 その後も言い争うことはあったが三人は情報収集に努めた。全ての建物を巡った。目にした人々に声を掛けて情報を聞き出す。有用な内容もあれば、ただの愚痴も含まれていた。放棄されたような角地では新たな降りる階段を見つけた。
 やがて街の人々は各々の家へと帰っていく。かなりの賑わいを見せた街の中心地、噴水広場にはベンチに座る三人だけとなった。
 両足を伸ばしていた冨子がそれとなく語る。
「これから、どうしましょうかー」
「宿屋はあったけど、絶対、泊まれないよねぇ」
 隣に座っていた茜が背もたれに身体を預けた。
 直道はスーツの内ポケットから長財布を取り出して中の札を目で数える。横目で見た茜は鼻で笑った。
「金貨じゃないと無理だよ。それにキルトなんて貨幣単位、初めて聞いたよ」
「紙幣の珍しさで泊めてくれないだろうか」
「試してみないとわからないよねー」
 冨子が立ち上がった。糸目を僅かに開いた。一方に向けて元気よく歩き出す。
「それもそうね」
 茜はゆっくりと立ち、直道の方に目を向けた。
「紙幣でダメならスマホでもいいかもね」
「それは困る。スマートフォンの中には個人の名前や企業名が収められている。情報が流出すれば守秘義務違反に問われ兼ねない」
「冗談で流せない返しはやめてよ。本当に頭が固いんだから」
 茜は苦笑すると小走りで冨子を追い掛けた。
「……まだ、固いか」
 呟いた直道は大股で二人の元に歩いていった。

 石で組まれた建物に行き着いた。三人は木製の看板を見上げる。ベッドの形状の物が彫られていた。
「上手くいけばいいが」
 直道が木製の扉をノックした。艶やかなノブを掴んで開けると先に二人を通し、自身は最後に入った。
 目の前にフロントがあった。中には小太りの中年男性がいて静かな目でこちらを見つめている。三人は揃って進んだ。
 最初に声を掛けたのは直道であった。
「家族三人で泊まりたいのだが」
「おめでとうございます!」
 中年男性は直立の姿勢で声を上げた。戸惑う三人を無視して喋り続ける。
「三百七十一組目のお客様となります! 特典として無料で宿泊していただきます! もちろんディナーもサービスします!」
「数字の切りが悪いんだけど」
 茜の声を無視して中年男性は二階の二つの部屋を提供した。茜は一人を希望して二手に分かれた。
 部屋で一人になると両手を頭の後ろで組み、背を逸らして大きな伸びをした。
 大きな息と共に両手を離す。
「ディナーもサービスっていうけど……」
 丸いテーブルに置かれた皿には黄土色の液体が並々と注がれていた。セットで置かれた小皿には肥え太った芋虫のようなパンが重なり合う。
「ゲームの食事って、確かに見た目が、ね」
 腹を満たすことに専念して早々に眠りに就いた。
 頭がすっきりする頃、家族は揃って階下に降りる。フロントには全く同じ姿で中年男性が立っていた。
 茜は少し口籠りながら、ありがとう、と口にした。
 すると中年男性は即座に言葉を返す。
「昨晩はお楽しみでしたね」
「あのさー、一人で何を楽しめって言うのよ」
「……確かに、悪くなかった」
「久しぶりだもんねー」
 直道と冨子は満更でもない様子で答える。茜は瞬時に目を剥いた。
「ちょ、なにしてんのよ! 子供の前で生々しいわ!」
「えー」
 冨子は隣にいた直道の腕を掴んで揺すった。
「直道さん、あんなこと言ってるよー」
 豊かな胸が同調して揺れ動く。茜は名前の通り、茜色の顔となった。
「早く次の階に行くよ!」
「はーい」
 ほのぼのとした冨子の声で三人は宿屋を後にした。


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