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納涼の札幌と父

去年の3月に母が亡くなってから、今回で四度目の帰省になる。
広い実家に一人で暮らす父の様子を見に年に二回は帰ろう、と思っているから今年の目標は達成だ。

札幌もここ数年で暑くなってきた実感があるものの、ちょうど涼しい時期にあたったらしい。
この一週間弱、日中でも25度付近で夜は半袖だと少し肌寒くすらなる。
寝室となる私の部屋にはもちろんエアコンはないので、涼しくてありがたかった。

父は、去年私がパートナーと帰省したときよりも自然体だった。それは私も同様だと思う。
親子だからといって当然にさらさらと会話が流れるわけではない。父のアンテナがどこに立つかいまいちつかみきれないところがあるから、傾聴しようという方に舵が傾く。
加えて、父に話しかけようかちょっと迷う時間みたいなものがある。これは私からパートナーに対しては存在しない時間だ。そして多分父にも同様の迷いがある。とはいっても、作り笑い、作り平和、みたいなものが少しほどけた。また、私のパートナーがいるかいないかにおいて、昨年ほど父は変化しなかった。生活の足元が、前より固まっている様子。

見た目には去年と変わらない姿だった。
相変わらず、紙タバコを吸って日に数本のアイスをむさぼり夜は缶チューハイを飲んでいる、運動習慣は通勤のための往復のみ。
健康診断では引っ掛からなかった、ということをグッドニュースとして鵜呑みにはできない。
そもそも50を過ぎたオジサンにも人間ドックを受けさせてくれない会社に一言文句はいいたいものの、受けたところでそれが必ず病を見つけてくれるとは限らないことも知っている。
今回、パートナー含め3人で食卓を囲んでいたときに大きなラム肉を噛みきれずに飲み込んで半分喉につまらせたのは冷や汗をかいたし、昨夜は便秘で脂汗をかいて荒い息づかいで布団に倒れ込むものだからまた心配した。
確実に歳は取っている。本人も自覚はしているだろうけど、老眼のくせに老眼鏡はかたくなに使わないのを見ていると、その頑固さがあとの面倒に繋がりませんようにと祈るばかりだ。

車好き、というかもはや車が半身の父から運転を奪ってしまえば、きっともぬけの殻になる。とはいえ、敏捷性は衰えるし、視界も狭くなる。いつまでも運転できるわけではない。
父は運転中に死ねたら幸せなんじゃないかな、とたまに考えることがある。無論、人様を巻き込んではほしくない。シカ様でギリ。
でも体に大きなダメージを負ってしまっては弔う側としては痛ましすぎるし、事故の瞬間はきっとすごく怖いんだろう。やっぱり事故死はやめてほしい。
車が好きだからこそ、自分の限界を知ったときには諦めてくれることを期待したい。あわよくば代わりとなるものがあればいいのだが、このままだと酒浸りまっしぐらだろうか。

緑の匂いが豊かで涼しいこの土地の空気は、やはり体が喜ぶ。私は札幌の人間だと思わされる。
流れる時間がゆっくりで、どこにも全く焦りがなくて、、ああ嬉しい、と思いたいのだがそんな空気にむしろ安心しなくなってしまったのは数年東京の風を浴びていたからだろうか。
日本の一番早い流れの中に身をおいていたら、札幌の片隅にある実家の中ではまるで時が止まっているような気さえした。

朝8:55のAIRDOで名古屋に戻る。
先日の温泉からの帰り道、父の愛車は異常振動を始めた。曰く、直列6気筒エンジンの1気筒が突如ダメになったかもとのこと。バランスを崩したエンジンは、ふかすとぶるぶると横に揺れる。エンジンをかけ直しても症状は変わらず。
チェックランプはついていないが、途中で止まってしまっても困るので、朝早くの送迎は最寄駅まででお願いした。ものの3分で着いた。

駅のロータリーでパーキングブレーキを踏み、一呼吸置いてから「元気で」と言った父に「お互いね」とゆっくり強く返した。
母に玄関先で見送られるときはいつも後ろ髪がギュウギュウ引っ張られる心地だったが(だってうすら涙目なんだもの)父に対してはさっぱりした気持ちだ。達者でやってくれよ、と思う。
昨夜たまたま会った父のタバコ仲間のご近所さんに「いつも父がお世話になってます」というとびっくりした顔で「いやこちらが世話になってるよ」と返された。父が幾人かの心やさしいご近所さんに支えられていることに感謝していたが、父も支えているのかもしれなかった。
だからこれからもタバコのご近所さんや、夜な夜な宅飲みをしてくれるご近所さん、町内会のオジジたちとお互いを見守りあってほしい。
フロントドアを閉めて、ルームミラー越しに手を振って父と涼しい札幌にお別れを告げた。

AIRDOの空の旅は朝で大気も安定しているのか、快適なものだった。着陸もフワッと心地よい。
しかしあまり名鉄のクーラーがきいていない。UVカットの窓越しでもアスファルトの照り返しが眩しい。ドアがあくとムッとする。
でも、ああ、暑いよな、夏だもんな、頑張ろう。
そう、ちょっとだけ思った。

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