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俳句でドラマ 3

今回の「俳句でドラマ」は、次の自由律俳句が題材です。

干涸びたみみずのさいごの抵抗  瀬崎峰永


「だから言ったじゃないか」  徳永純二

 ぼくが今いる場所は、ある農家の庭の端っこの、土の上に直接置かれた植木鉢です。
 植木鉢には結構大ぶりのカネノナルキが植わっていて、ぼくはその鉢の底に住んでいます。
 ぼくは普段は無口で、話し下手なんです。でも、昨日とても悲しい出来事があって、誰かに聞いてもらいたくて、こうやってしゃべっています。
 こういう事態になるのは予想できたのです。
 ですから、止めるようにって、ぼくはずいぶん説得しました。ぼくたち地下世界の者が地上に出るには、それだけの覚悟が必要だよ、って。
 でも、聞き入れてもらえなかった。
 あ、申し遅れました、ぼくの名前、なめくじ太郎って言います。
 お話しているのは、植木鉢の底で一緒に暮らしていたミミズのミミ君のことです。
 いいやつでした。付き合うほどに奥の深さを感じるやつで、あの進化論のダーウインさんが、ミミ君の仲間を四十年間も研究したっていうのも分かる気がします。
 ぼくたちの住む庭の向こうは、車がやっと離合できるほどの舗装道路で、そのまた向こうには畑が広がっています。広い野菜農園です。
 その農園の土が最近ちょっと痩せてきている、とミミ君が言い始めたのです。ミミ君たちにはそれが分かるらしく、そして、土を肥沃にするのは、おれたちミミズの使命だっていうんです。
 そんな人間のことは人間にまかしておけばいいと言ったら、人間のやることは自然に反することが多い、それに土は人間だけのものじゃない、生き物は全部土のお陰で生きてるんだ、だからぼくは行かなきゃ、って言い張って…。
 昨日の朝、ぼくがちょっと目を離したすきに、ミミ君は出立したんです。
 でもね、目もない、耳もない、呼吸器官もない、ほとんど腸ばかりで、水分が百パーセント近いミミ君は、強烈な太陽の光と熱の前ではひとたまりもなく、舗装道路の真ん中で干涸らびちゃって。
 そのうちに、軽四トラックが通過した風圧で、向こう側の、農園に吹き飛ばされました。
 体ごと土になっちゃったのです。ミミ君の執念、です。


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