俳句でドラマ 2
今回で2回目の「俳句でドラマ」。
1回目でご説明いたしましたが、この「ドラマ」の趣旨はお分かりいただけましたでしょうか。まだまだですよね。なんたって、2回目ですからねえ。
で、簡単に、もう一度。
ぼくは、人様の俳句を読んでいると、やたらと、ぼくの頭の中にドラマが浮かんでくる作品があるんです。それを、さっとすくい上げて、短い文に仕立てる。これが、結構、快感なのです。寄席の大喜利で、お題をいただいて、お客様にも、自分にも、「うーん、なるほどね」という回答ができた噺家さんの気分、ですかねえ。
ただし、ぼくの場合、俳句といっても自由律俳句ですので、念のため。
で、今回、お世話になったのは、吉田沙織さんの作品です。
良妻のふりして糠へ茄子沈め 吉田砂織
「私の宝物は壺の中」 德永純二
底から上へ、空気を取り込みながら、手のひらの糠を愛おしむように混ぜる。カットした昆布や唐辛子、実山椒が顔を出す。
「糠床は耳たぶの固さよ」
耳元にあの人のお母さんの声がよみがえる。
あの人の耳たぶも、私が今混ぜている糠床ほどに心地よかったのかしら、触っておけばよかったわ、なんて考える。
あの人は私より7つ年上で、職場の先輩で、学生時代にラグビーの選手だったので胸板が厚くて、笑うたびにひょうきんな目の中に私を取り込んでしまって、なんて糠床をかき混ぜながら、二十年前のあなたを思い出している。
ところが、交際を始めて一年、結婚式の話題もちらほらという頃にそれは終わった。
若年性糖尿病。
自己免疫機能の先天的な異常だそうだ。突然発症した病はまたたく間に進行し、やがて網膜が冒されて失明、その後のことはあまり覚えていない。
あの人が亡くなって5年後、私は両親の半ば強引なすすめで、今の夫と結婚した。
私と同い年の夫は、手足も首も細く、私の笑顔を伏目がちに受け止めるタイプだが、堅実に私と子ども二人の家庭を守ってくれている。
結婚してまもなく、私はあの人のお母さんに出会った。
お母さんは「おめでとう。お祝いに、あなたが好きだった糠漬けの床をもらってちょうだい」と、いただいたのがこの糠床だ。
たしかに、あなたの家で出された糠漬けはおいしくて、訪ねるたびにほうじ茶をすすり糠漬けを頬張る私を、お母さんとあの人は笑って眺めていた。
キュウリに、ナスに、ミョウガに、オクラに、絶品だったのが大根の皮。それに、水切りして漬けた豆腐はまるでチーズのようだった。
何度か危機はあったが、糠床は今も私の宝物として常滑焼の壺の中で生きている。
さてさて、今日は何をこの糠床に沈めようかしら。そろそろ日本酒の季節なので、燗酒が好きな夫のためにカブとゴボウはどうだろう。ゆで卵もいいかも。
もちろん、この糠床の由縁を、私は夫に話していない。
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