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坊やの旅の物語 映画『ボーはおそれている』感想

コメディのつもりで作った、とのアリ・アスター監督のインタビュー記事や、相互のnoterさんの傘籤さんの記事を読んだ上で鑑賞したのですが
個人的にはこれは、ちゃんとしたホラーに見えました
人に恐怖をエンターテイメントとして与えることを目的にした映画、という意味の、ちゃんとしたホラー、です
アリ・アスター監督の前作『ミッドサマー』は、美しく明るい北欧の風景を描いているけど「これ…ホラーだよね…え? 気のせい? いや、ホラーだよな…」と判断に迷う不安さのあるホラーでしたが、こちらは直球なホラーに感じたのです
もっと、不幸なボーを愛でるような話であったり、滑稽みが笑えたり出来るんじゃないかと思ってたけどそんなことなかった
それこそ『ドラえもん』の、野比のび太の病的な運の悪さのような、あるいは『ピューっと吹く! ジャガー』みたいな面白不条理なギャグのような、そんなんかなーと思ってたのに、そういう観方も出来つつも、ちゃんと怖かったです

こちらの記事はまったくネタバレに配慮しておらず、作中の出来事もバンバン書き込んでしまっている内容です
閲覧にはご注意下さい



主人公ボーの恐らく産まれた時の光景(彼はそれを覚えているのかも知れない)から始まって、重低音と弦楽器がどろどろキリキリと締め付けられるような音色と、突然驚かす轟音が鳴る演出がもう怖かった、耳から怖い、全編通じて音で恐怖を煽る演出が、しんどかったです
でもそれは、映像と音を接種するのがしんどいってことで、映画を楽しめなかったわけではなく、むしろめちゃくちゃ楽しかった
わけわかんねーのに、楽しい、怖いのに、凄く楽しい! 
素晴らしいお化け屋敷みたいな映画、かも
そう言えば、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』にも、どこか通じる箇所がある気がしてきました
母を失った息子の話であったり、母からの試練があったり、蠢くような不気味な異世界を旅する話であったり、水と溺れのモチーフがあったり、血を流すシーンが強烈だったり…? うーん、そうでもないかな(思いつきをそのまま書いてます)
ボーって名前は日本語を普段使いしている人間からすると、坊って連想してしまう
母親からの“わたしの坊や”って意味が込められてるのかなと思ったりする 意図されたものではないだろうけど、不思議な符丁
ボーの母親は一方的な過保護の人かと思ってたら、愛情と共に鬱屈と憎しみにも満ちていたのが面白いし好きです 母の愛情を神聖視すんな、甘ったれるな! という叫びを感じました
母と息子、という組み合わせって一種の特別さがあると昔から感じてました
この物語がもし、父と娘もしくは母と娘だったとしたら成立しなくなるはず
そのくらい母親の息子への感情って、色んな意味で深くて大きすぎる、そして冷静でいるのが難しい関係性なのだと思います
余談ですが、特殊詐欺のこと、オレオレ詐欺って言いますよね、はっきり息子を騙る詐欺なわけです(時には孫息子)
それくらい、息子ってもんに冷静になれない人って、世にたくさんいらっしゃるんですよね
トンデモ映画ではあったけど、実は身近で普遍的テーマが描かれているとも感じました それが楽しいホラーになっている

以下、映画内で発生した出来事を書き出してみたメモです 改めて見返しても、わけのわからないが、いい映画です
しかし未視聴の方にはワケわからん内容であることをご了承ください
鑑賞済みの方からすると、あの事項拾ってないやんけ、と思われそうですが、それもすいません

(オープニングとボーの自宅)
熱帯魚に餌をやっているボー
メンタルクリニックに通院してる
あまり気心が通じてなさそうなカウンセラー
診断を誘導する そして“罪悪感”とは?
手書きの処方箋「必ず水と飲むこと」
ボーの自宅は落書きだらけの集合住宅“好色の館”
謎に追いかけてくる刺青の男
騒音の冤罪からの寝坊
水を買いに行っている間に、通りのホームレスのような住人がボーの部屋に押し寄せる
“イエスはあなたの忌まわしい行動をみている”
部屋の前の死体、燃えてるベッド、靴が突き刺さったパソコン(まだ動いた)
シャンデリア落下の事故で、母が顔の無い死体に
(首無し死体、ミステリの定番でほほーんってなる)
恐怖と動揺のあまりに風呂に入る謎行動、ちょっと分かる
浴室の天井に貼り付いている男、くんずほぐれつ、ホアキンさんのめっちゃサービスショットからの交通事故

(外科医の家パート)
明らかに女児の部屋に寝かされている
ご飯と錠剤を一緒に食べる一家
息子が戦死
息子の写真のジグソーパズル
娘に脅迫されて薬物を吸う
息子の友人が庭のワゴン車で暮らしている
チャンネル78
撮影されていたボー
娘はペンキを飲む
息子の友人に追われて逃げる

(夢パート)
エレインの記憶
(ボーの家の引き出しの写真)
母との豪華客船の船旅
チョコフォンデュのキス

(森の劇団)
「父は出血多量で死んだわ」
って言ってボーを救助する妊婦
観客も衣装を着て観劇する
ボーのこれまでの軌跡のような劇、
シームレスに劇の描き割りの中に入るのが美しい
しかしまあまあ劇が長い
襲撃と虐殺で劇が終わる
ボーに作中作での都合のよい救いなんて無かった
「なんてことだー」 

(帰省)
ヒッチハイクで帰ってきた
葬儀社のスタッフたちがテキパキかえるところ
豪奢な実家、母は大企業の社長だった
螺旋階段に年代順のボーの写真(旅立ち直前のものまで、盗撮され飾ってある)
エレインがやって来る
流れるようにベッドイン
女性の腹上死は初めて見た
やっぱり入れ替わりトリックだった母
美しいが狂気の混じる表情の母
屋根裏のもうひとりのボーと、クリーチャーな父
ボーを罵倒する母、愛情と同じか、むしろそれを越える憎悪をぶつける
と思ったらあっさり亡くなる
ボーの回りの人々はみんな亡くなる
全てはボーのせいなのでは
逃げ出してボートに乗るボー
と思ったらボートが停まる
傍聴人に取り囲まれている
裁判 圧倒的不利 弁護士が一応いたけどしんどい
森の劇場で演者と観客の境があわいになったように、傍聴人と映画の観客が溶け合う演出
エンジンが爆発してひっくり返るボート
ボーの姿は見えなくなる かすかに聞こえるボーの叫びと溺れる声
そのままボートの上にスタッフロール

すごい、すごい、何じゃこりゃ! の映画なんですが
映像にも美術にもボーを演じるホアキン・フェニックスも何もかも素晴らしいし
何じゃこりゃだけど、確かに面白いのです

ところで、この映画を観るまで、すっかり忘れていたことがありました
それは、自分は幼少の頃はすごく怖がりで、“こうなったら嫌だ、怖い”って感じるものが多すぎて身の回りのものを何でも怖がってたことです
今になって思い返すと冗談のようですが、UFOと宇宙人の特集をするオカルト番組を家族で観てしまうと、本当にUFOが現れて誘拐されたらどうしよう、と外を歩くのが怖くなったり
ドラマの中で登場人物が底無し沼に沈むシーンを観てしまうと、保育園の砂場がそれになったらどうしようと建物内から砂場を見張ったりしてました
本当はそんなこと起きないのに、ありもしない危険を怖がる子供だったのです
だから回りの人間をずいぶん困らせていましたが、大丈夫だよ、怖くないよ、と(若干半笑いで)何度も言われても、じゃあ、どうして自分はこんなに怖いままなの?  大丈夫って言ってもらっても、ぜんぜん大丈夫って思えないよ! 本当にそれが起きたらどうするの!? って訴えたかったです
でもこの映画は、ボーが感じたこんなことが起こったらどうしようが全て現実になってしまう、そんな話でした
幼少の頃にあって(そしてすっかり忘れていた)恐怖が、具現化されて、実はずっとお前の隣にあったかも知れないぞ! って言われているように感じたのです
だから、自分にとってこの映画は、個人的な恐怖の記憶を呼び覚まして、それを傷口を撫でるように感じさせてくれる上質なホラーでした

とは言え、どういう映画かと説明するのが難しいし、人によって感想が大幅に違うだろうし、もっと言えば嫌いな人もいると思います 上演時間が3時間近くで恐怖にさらされて、これはどういうことだ? どういうシーンだ? ってずっと考え続けて張り詰めて劇場で観るのは、体力的にもかなり辛かったです
もちろんそれは、映画館で、劇場でこそ味わえる体験で、観て良かったとすごく思ってますが、今度観る時は自宅でゴロゴロしながら、友人とやいのやいの言いながら応援上演っぽくして観たいな、とも思ったのでした

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