見出し画像

『いずれすべては海の中に』 サラ・ピンスカー 著 市田 泉訳 感想

こちらの美しい装丁の本を知ったのは、もう昨年だったのですが、ようやく読むことができました

淡い色調が美しく、タイトルが逆さまに沈むデザインも素敵です
ふんわりとした優しくせつない、叙情的な話が多数収められた短編集なのだろうと予想していました
読んだ結果、それはそれで間違いではないのですが、やるせなく悲しい話や、不条理な話もあり、かと思えばトンデモ科学が飛び出すヒーロー譚や、終末世界を彷徨う話もあったりして、癖の強い具材がてんこ盛りで、食べて咀嚼しても何を食べているのか分からない、味の形容もできない、でもめっちゃ旨い、そんな闇鍋のような小説でした

ここからは各話の感想を箇条書きしますが、話によっては、舞台設定などを説明してしまうのは適切でないものもあるので、どこかモヤっとした書き方になりますが、ご了承ください


『一筋に伸びる二車線のハイウェイ』

事故で失った片腕をロボットアームに換装する施術を受けた青年が、その腕とそこに繋がる遥か彼方の記憶に思いを馳せる話
この青年の性格や語り口が何とも優しげで、不満や怒りを口にしないで我慢して、それをちゃんと自身で消化できる人のように読み取れて、君えらいねえ、すごいねえ、と感動してしまう作品です
機械の新しい腕が記憶を持っている、というフレーズだといかにもSFしてる作品ですが、その設定と地に足のついたちゃんとした青年との組み合わせが、感動してしまう話でした

『そして我らは暗闇の中』

子どもたちを迎えに行く母親たちの話
その子どもたちと母親たちの描写が、わけが分からなくて、すごく怖い
でも、母親たちは子どもを迎えに行くことを当たり前にしていて、子どもたちはとても楽しくそうで嬉しそう、そして子どもを慈しむ情景がとてもほのぼのする説得力がある、それがよけい怖い、そんな話でした

記憶が戻る日リメンバリー・デイ

話の語り手が口にする内容から、この話の設定や世界の状態を読み取る事で、語り手に深く没入できる、そんな作品です
タイトルの 記憶 が持つ意味が、話の終わり近くで分かるのですが、あまりにも重くて切ない話でした

『いずれすべては海の中に』 

終末世界をサバイバルしつつ、旅をするはめになってしまう2人組の話
文明が崩壊し、かつての時代の遺物と残り少ない資源で暮らす、滅びゆくかも知れない人類、といういわゆる(ポストアポカリプス)ものが大好物な人間にはごほうびのような短編でした
過酷なサバイバル生活の描写も素敵ですし、登場人物同士がギスギスしてるのも、ぞくぞくして好きです

『彼女の低いハム音』

お父さんが、おばあちゃん子だった娘のためにおばあちゃんアンドロイドを作ってあげるのですが、どうしてもそれに馴染めない娘ちゃんの話
お父さんが普通に良かれと思ってるズレてる感覚や、娘のおばあちゃんアンドロイドに対する態度の冷酷で辛辣な様子が、どれも共感も反発もしたくなる、もだもだしてしまう短編
ごく短い話なのに『記憶が戻る日リメンバリー・デイ』と同じく、しっかりと重たい読後感がありました

『死者との対話』

大学生の女の子が、友人と一風変わったベンチャー企業を立ち上げる話
この企業が行うサービス内容が、ひょっとしたらもう間も無く実現可能なのでは? という身近さがあり、すごくぞっとした話でした
その一方、人同士の理解しあえない瞬間が描かれた作品でもあり、胸くそ悪くなりながらも凄く好きだし、あちこち共感もする作品です

『時間流民のためのシュウェル・ホーム』

以前読んだ時間ものSF短編集の
『ここはウィネトカなら、君はジュディ』の中に収録されてそうな、トリッキーな時間干渉もののSF…なんですが、だいぶそのへんの理屈が難しく、説明がしにくい(というかできない)作品でした

『深淵をあとに歓喜して』

タイトルが美しくも陰鬱な話ですが、長年連れ添った旦那さんが脳梗塞で倒れ、そのケアをする奥さんのお話です
ご夫婦ともに高齢で、そのお子さんやお孫さんたちとのやり取りは、国が変わってもこうした部分は変わらないな、と凄く身近に感じる描写がたくさんありました
病に倒れた配偶者のケアをどうするかとか、子どもが行う親のケアをどう受け入れるかとか、親の立場でも子どもの立場でも身につまされる部分をたくさん感じる話でした
そして、このお話の中では語られない部分が大きくあるところが凄くいいんです
分からなくても寄り添って一緒にいたい、だって、ずっとそうしてきたんだ…っていう、ご夫婦のお話なのでした

『孤独な船乗りはだれ一人』

この短編集の中で、こんな話もあるの!? とだいぶびっくりした話です
船乗りを誘惑し、船を座礁させる海妖セイレーンが実在する世界の話で、どうしても船を出したい船乗りにセイレーン対策として雇われた少年のお話です
そして実際にセイレーンに対峙した少年の想いと、そこに至るまでに丹念に積み重ねられた描写が美しく響き渡る、歌声を感じる短編でした

『風はさまよう』

うって変わって、宇宙を旅する巨大なひとつの街のような宇宙船の中の共同体での話です
そして、かつてこの宇宙船の中で起きた恐ろしい事故の話と、それからこの共同体はどのように変わっていったか? という歴史の話であり、この宇宙船で事故が起きたからこその変遷がスリリングで、そこにまた織り込まれる“音楽”の要素がすごくエモーショナルな話でした すべてを聞けたらいいのに

『オープン・ロードの聖母様』

流通している音楽というものが大半は配信で聞くものとなっていて、直に観客を集めてその目の前で楽器を演奏して歌う、というライブの形式で音楽活動を行うアーティストが絶滅しかかっている世界の話です
そんな世界で、おんぼろのワゴン車(燃料は食用廃油)で各地を巡るバンド一座の話で、ワゴン車のごちゃごちゃした描写や言い争いやトラブルなどのエピソードを経た上での
彼らのライブシーンの凄さがビリビリと伝わってきて、そのギャップがむちゃくちゃかっこよかったのです
だからこそ、ラストまでのしんどい展開と、それでも次の町へ往く彼らが、眩しくてたまらない(でも辛い)話でした

『イッカク』

やっぱりかの国は、国土が広すぎるし移動が大変だし、車を駄目にしたら本当に詰むんだな、という確認をしました
あと、観光できるところがあまりない街の、全く流行ってない記念館ってそそられますよね

『そして(Nマイナス1)人しかいなくなった』

今年の3月に『エブリシンク・エブリウェア・オール・アット・ワンズ』(愛称エブエブ)という映画を観たのですが、それを思い出しました
エブエブは素晴らしいハッピーエンドでしたが
こちらは素晴らしい、メリーバットエンドでした
このタイトルの通りの事件が起きるのですが、個人的に犯行動機がすごく好きです 自分でもたぶんやる

という訳で、『いずれすべては海の中に』の各話感想でした
ネタバレはなるべく避ける方向で書いたので、何やらモヤっとしてるところが多々ある感想文になってしまいましたが、優しくエモーショナルで残酷で訳が分からないこともある、でもめっちゃ面白い、癖の強い短編集です
ぜひぜひ、ご興味がわきましたらお手に取ってみて欲しいです!

この記事が参加している募集

読書感想文

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?