「男性」になる、ということ

2023年10月26日
性同一性障害特例法を守る会
副代表 浅利進

2023年10月25日、最高裁判所大法廷において、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(以下特例法)について、その3条4号の「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠くこと」(以下不妊要件)について違憲とし、また3条5号「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」(以下外観要件)については憲法判断をせずに、審理を広島高裁に差し戻し、という決定が出ました。

私たちは女性スペースを守る会等と一緒に、この判決について「合憲」として、特例法を維持するよう要請をし、署名活動を行ってきました。結果は報道の通り、不妊要件が違憲とされ、即日で特例法から不妊要件が外されることとなりました。
私はFTMの立場として、FTMが戸籍上の女性から男性になることについて、私見を交えてお話したいと思います。

私は物心つくかつかないかの頃から、自分が男性である(男の子であるわけではなく、幼少期からおじさんでした)という揺るぎない感覚がありました。いまどきのラノベ風に言うと「おっさんが転生したら女の子だった件」とでもいいましょうか。とにかくガキの頃から一貫しておじさんでした。
外見は可愛い普通の女の子ですが、中身は完全におっさんそのもの。40代後半になり、やっと年齢と外見が追いついてきた、というくらいのガチガチの性同一性障害当事者です。

自身の性別に対して違和や不快を感じたことはなく(というか当たり前に男性だと思っているので)、とにかくまわりが何故私を女の子扱いするのかが意味不明でした。思春期を迎えて、自分の身体の変化に戸惑うよりも変化する身体に嫌悪が強く、胸を包丁で切り取ろうとして母親に泣かれた経験もあります。
そんなわけで、子供の頃からガキ大将として数多の男の子を殴り、世が世なら「番長」にでもなっていたのでは?と言われるくらいの乱暴者でした。
つまり、男の子たちの中で暮らし、女子の群れには極力近づかず、男子としての感覚を身につけた状態で、成人後に性同一性障害の診断を受けました。

不妊要件がなくなったことで、FTMは子宮と卵巣を切除する、いわゆる内摘手術をしなくて済むようになりました。また、乳房については乳腺を維持したまま、いわゆる脂肪吸引などによって胸の脂肪を取り去りさえすれば、また男性ホルモンを定期的に注入する(男性ホルモンは注射のみです)ホルモン治療を行えば、外観要件的には「男性に類似する」としてみなされるため、FTMの戸籍変更へのハードルがグッと下がったと言えます。
戸籍変更のために海外で手術を受けたり、国内での手術の順番待ちをすることなく、性同一性障害の診断があれば戸籍変更チャレンジが可能になったということです。
これ、一見喜ばしいことだと考えがちだと思うのです。
少なくとも、希望する性別に変わることができるんだから、嬉しいでしょう?と。一般の方はそう捉えると思います。
しかし、従来からのFTM当事者からしたら、とんでもなく危なっかしい状態に突入したな、と感じているのです。

男性として生活する、ということは、一体どういうことなんでしょう?
そもそも男性として生まれて男性として育った人は、当たり前のように感じることも、女性として生まれて育ち、その後に男性の生活を希望する当事者にとっては、文化風習すべてが違う世界だと感じることだと思うのです。
同じ国に生きていながら、男女差という壁がここまであるのか、と驚きを隠せないともいいます。(まぁ、私の場合は男の中で育ったようなものなので、そんなもんなのかな、くらいに感じていましたが、他の当事者の話を聞くにつけ、色々と驚きの連続だそうです。)

ほとんどのFTMは、学生の頃はイヤイヤでも女子高生や女子大生として過ごし、社会に出てから少しずつ男性としての生活を送るようになっていくことと思います。男性の群れの中での習慣は、女性とはまるで違う世界です。マウントを取ることで群れの中で優位を保つ(という人ばかりではないですが)ということもよくあることなので、自身の立ち位置をハッキリさせる必要が出てくることもあります。
また、男らしさってなんなのか、という問題もあります。粗野で荒々しいことが男らしいと勘違いしてしまうFTMもいますし、自分らしさと男らしさを差し違えて、周囲の人から変な目で見られたり。

しかし、男の群れのいいところは、女性たちほどろくに相手を見ない、というところです。
女性からは、細部にわたり見られている、と言う感覚がありましたが、男同士はそんなに相手を見ないのです。シャツの色やネクタイの色なんか、覚えてはいません。そのため、男の中にいても疑いの目を向けられることは、ほとんど無いに等しかったりします。逆に同僚の女性の方が「なんか変」という目を向けてくることの方が多かったと思います。

男の群れの中にいると、マウント合戦に巻き込まれることは必定です。これは自然界でもそう、雄の本能とも言うべきものなので、ある意味仕方のないことなのです。先ほども言った通り、マウントが全てと思っている男性のなんと多いことか。見栄と虚勢で胸を張る。それが男の生き方と思っている人が本当に多いです。(そうでもないよ?と思う方は、ご自身が幸せな環境にいると思ってくださいね。)
男同士のマウントは、じつに多岐にわたります。そこは「矜持」ですから、優位を保てるところは遺憾なくマウントを取ってきます。まるで猿山のボスザルのようなものですが、本能ですから仕方ありません。かくいう私もマウントを取る行動に出ることもあります。上から目線で物を言う(多分これを読まれている方も、私の上から目線を感じているでしょう)こともあります。

そんな男同士のマウント合戦の中、どうしても勝てない相手がいるとしましょう。その相手が実は「男ではない」と知ったら?オスの群れに混ざったオスのふりをするメス。そう思うのではないでしょうか?
そして、そのメスをオスであることでマウントを取る行動に出るのではないでしょうか?
(何度も言いますが「そんなことないよ」と思う人は、とても幸せな世界に住んでいます。周囲の男性に感謝しましょう。)
こういったことでマウントを取ってくる男性というのは、一部なのか大勢なのかはわかりませんが、確実に存在します。女性として生活していても、それは感じますし、男の中にいると余計に感じるものです。

見栄と虚勢だけで生きている男が、どうやっても勝てないと思っていた相手の弱みを知ってしまった。
これがどういう方向に進むか、想像は簡単です。その相手の弱い部分に攻撃をかけて、屈服させようとしてくるのです。征服欲や支配欲と言ってもいいでしょう。相手が一番嫌がる形で、調伏しようとしてくるのです。
つまり、それは「わからせ」という名のレイプだったりするのです。
衝撃的かもしれませんが、実際にそういった事件が表沙汰にならないだけで、当事者のあいだでは何度となく起こってきたことです。表沙汰にならないのは、騒げば自分が「男ではない」と言って歩くようなものだから、被害者は黙るしかない、という場合もあるのです。

ここからは、衝撃的な話になります。しかし真偽の程は定かではないのですが、FTM当事者の中で実際に起きたこととして語り継がれてきたことです。また、わからせによるレイプ事件(ケース2)は実際に私の友人が受けたことであり、事実です。

ケース1
性別適合手術前のFTMが、レイプ被害に遭い、ホルモン注射をしていたため生理の出血が日常的にないため妊娠しているのかどうかが堕胎できる月齢を超えてしまったため、そのまま妊娠を継続し、後に出産。産まれた子はそのまま施設へ。

ケース2
性別適合手術・戸籍変更後、わからせによるレイプ被害に遭い、警察に被害届を出しに行くも、戸籍変更して男性になっていたため、男同士だろうと言われて取り合ってもらえず。強姦の相談を受け入れる相談施設など他機関に助けを求めて示談までこぎつけたが、ズタズタになった心の傷は元には戻らない。

まだまだ、こんなもんじゃない数の「わからせ」の被害がありそうで、本当に怖いと思っています。幸いにも、私はそのような性的被害には遭っていませんし、私がもしその被害に遭ったとしたら、相手と刺し違える覚悟で抵抗すると思います。(そういうオーラを感じて、攻撃してこないんだと思います。)

ここで私の言いたいことをまとめると「安易に考えて『男』になるな。男になる(男性として生活する)ということを根底から理解して、男の群れに飛び込む覚悟を持って戸籍変更をしろ」ということです。
生殖器を切除しないで済む、ということは、本当に恩恵や福音を感じることだと思います。でも、その裏には男性からの性加害の危険が待ち受けている、それを跳ね除ける力があるのか、ということでもあります。
そういった男性のいない世界で、平和に男性として暮らせるのであれば、それはそれでとても幸せなことであるし、恵まれた環境であると再認識すべきだと思います。
私はそういう意味でも「とても恵まれた環境」を自分で作ってきたという自負があります。男の群れの中でも絶対的なマウントを自分で作り上げ、それを壊さぬよう振る舞ってきました。だからもう、手術をすることも、戸籍を変えることも、あまり意味を成さないことだと思っているのです。男か女かなんて些末なこと、と思えるような生き方をしてきたからこそ、言えるのだと思っています。

これから戸籍変更を考えているFTMの皆さんへの警鐘として、ひとりのFTMおじさんの声を聞いていただけたら、と思います。
あなたの前の門は開いています。そこに飛び込むべきかどうか、いまいちどゆっくり考えてみてください。

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