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小説:剣・弓・本022「斧と自由」

前回021


今回022
【ナスノ】

 斧に目をやったライは
「トライベン製ですね……」とやや嬉しそうです。

「ん? トライベン? あのトライベン自由国? なぜ分かるのです? 形状ですか?」

「いや、紋章エンブレムで判断できます。僕『紋章学概論』の下巻、大好きなんですよ。国ごとの紋章が図録で網羅されていて。トライベンの紋章はプラウ公国とすごく似ていて紛らわしいのですが、ほら、右上の星の数が二つなのでトライベン確定ですね」と微笑むライ。

 私が美を求めるのと同様、彼は博物としての知をもとめているのだと分かります。それも一つの美だ、と解釈をします。

 ライが続けます。
「トライベン自由国と言えば、アンゲアティック帝国の攻勢を退けた国の一つです」
「それはつまり?」
「ええ。彼らの投げ斧ハチェットの運用技能は世界的に有名です。投げ斧ハチェット部隊があの帝国の大軍勢を返り討ちにしたのです。それがかの有名なテイラス河畔の戦いです」そうライは静かに語る。

「戦史ですか」
 あまり好みません。私としては美術文化史の方が断然面白いと思います。
「敵は相当の手練れだと分かりますね」とライが言う。

「何ごちゃごちゃ言ってんの? もう出ていい?」
 斧の持ち主らしき者がふいに姿を現わします。痺れを切らしている様子です。その声色、髪の長さ、そして、体型から女性だと判断できます。
 私たちは身構えます。いつでも矢を投じられる動作に入り、ライも波術を繰り出さんとしています。

「ハハっ、る気はないよー」

 その女性は手を広げ敵意がないことをアピールしています。胴体部分こそ革の鎧を着ているけれど、両腕・両脚ともに露わです。
 太陽と深い関係になったことのあるような輝く小麦色を呈しています。背丈はおそらく、私よりも高そうです。
 とりあえず私たちも構えを解きます。

「斧は名刺ではないはずですよ。あなた。作法を知らぬとは美の外側の人間ですか? ならばここでこのナスノが成敗しますよ」私は高らかに告げます。

「ごめんごめん。ちょっと試しただけ。でもあなたたちならあんなの避けられるでしょ。スピンかけてないし。
 名刺なんて無いけどアタシの名前くらい教えてあげる。
 リュール・グロース」

「えっ! リュールってまさか『投げ斧のリュール』! 『新・現代史(4)』の表紙の絵では長い髭をたくわえた筋骨隆々の男性として描かれていますが、女性だったんですか?!」ライがたじろぎます。

「そうそう投げ斧のリュールなんて呼ばれて、勝手にゴリゴリの男ってことになってるんだよね。アタシは女。乙女でぇーす」
「真の乙女は自らを乙女とは呼びません」私は思わず口に出しました。

「ロン毛のお兄さん、かたいこと言わないでよぉ」

 ライがリュールに問いかけます。
「ちょ、ちょっと有名人じゃないですか! 凄いや。あの、テイラス河畔の戦いはどんな戦局だったのでしょうか? 書物の上ではあなた独りで、1000人もの帝国兵を薙ぎ払ったとされていますが……」

「勉強家の坊やだね。嫌いじゃないよ。
 あの時は確かにアタシが先陣を切っていたけれど、1000なんて。そんなことできるはずがないよね。歴史の多くは誇張して劇的に描かれる。
 確かなのはね、トライベンの民は自由を最上のものとしているってこと。帝国だろうが何だろうが自由をおびやかす者ならば排除する。自分の命をかけて自由を護る。ただそれだけよね」

 すかさず私が割り込みます。
「さて、戦史のお勉強は後にして、リュール、あなたの目的を教えてもらえませんか?」

(つづく)

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