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小説:剣・弓・本015「弓を使わない弓術士」

〈ここまでのあらすじ〉
 剣術士セド、学術士ライ、「弓術士きゅうじゅつし」ナスノ、そして寡黙な少女ネネは『静かの森』を攻略し、宿屋でつかの間の休息をとる。
 そんな中、セドは「ナスノが弓を使っていないこと」を見抜いており……

【セド】

「ナスノ、お前は弓を引いてねえ。
 三つ言いたい!」
 俺はそう言って、テーブルに置かれた水を飲む。

一つ! お前は弓術士の体格じゃねぇんだ。その小さい尻、細長い脚、それは弓を引く人間にはありえねえ」
「ん? 体格で分かるんですか?」
 とライが真っ直ぐに訊ねてくる。職業と体格の関係なんて本に書かれないかもな。
「なぁ、ライ。弓での攻撃で最も大切なことは何だ?」
「命中精度、でしょうか?」
「正解だ。遠距離から確実にダメージを与えないとならない。だが戦場で外してみろ。それは敵に存在を知らせることになる。弓術士は近接されたら終わりだしな。
 そのために弓術士はまず何をするか知ってるか?」
「んー。弓の正確な制御でしょうから、腕周りの強化?」
「大外れだ。下半身の徹底的な強化だよ」
「え! 知りませんでした。どういうことなんです?」
「上半身を無闇に強化してみろ。余計な力が加わって精度が悪くなるだけだ。それよりも下半身をしっかり鍛えて、どんな足場でも揺るがないように土台を安定させるってのがセオリーなんだ。ナスノ、お前の体つきはそういう鍛錬をしていねえ」
 ライはメモをしながら聞いている。どこまでも真面目なやつだ。
「一つ目の言い分は分かりました。では二つ目は?」
 とナスノが仕切る。ほんの少し笑ってやがる。

二つ! 音だ。弓を引き絞るときの音がしねえ。木のしなるあの独特な音がだ。俺はなあ、頭は悪りぃかもしれねぇが耳はいいほうなんだ。確かに戦場で背後から矢が飛んでくるんだが、弓をいじる音が一切聞こえねぇ」
「なるほど。では三つ目を聞きましょうか」
 そうナスノは言ってまた脚を組み替える。

三つ! 俺の勘だ。その背中にある弓は武器じゃねえ。何つうか、工芸品、美術品みてぇな印象だ。人やモノに危害を加えることのない代物。そういうにおいがする」
「あはは! 勘って! においって! セドさんらしいですね。でもその通り。やっぱ凄いや!」
 手を叩きながら、ライがはしゃぐ。
 まあ、こいつは言葉ありきの価値観だ。俺みたいな人間は珍しいのかもな。

「もう全て伝えてもいいかもしれませんね」
 顔をほころばせながらナスノが語る。
「私は弓を使いません。矢を投じているのです。
 初対面のあのとき、ライにこう耳打ちしました。
『私が矢を“投げた”のは言わないでください。普通の弓術士ということにしておいてもらえますか。遠距離物理型で、近接されてはならない存在ということにしておいてもらえればと』」

「はは。んなことだと思ったぜ。そうしておけば俺はお前たちに敵を近づけないよう行動するってか。まあどうあれ、敵は俺の前で倒れることになるがな。
 しかし実際は近接されてもその金属の矢を槍のように使って対処できる。いわば中距離万能型ってところか、ナスノ」

「ふふっ。その通りです。むしろこちらが弓術士だと思い込み油断して近づいてくる敵をこそ返り討ちにする。それにしてもセド。あなたにこのことを隠すのは不毛でしたね」
 ナスノは笑い、そして続ける。

「さて、次は私たちの番ですね。
 セド、あなたの金策の理由を話してはもらえませんか?」

(つづく)

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