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小説:狐008「エロウさん」(693文字)

 また私は来た。いや帰ってきたのかもしれない、この『狐』に。ここもまた私の家であり、巣なのだから。

「コミコングの客がガンガン書き込みするからじゃないかな」
 エロウさんが喋っている。
「でもどうだろう。上の階だよね。そんなことで表示されなくなんのか」
 アーマーさんは太い腕を組む。
 いきさつは分からないのだが、『狐』はインターネット上の地図に表示されない。都内でも有数の大都市、それも駅近に店を構えてはいるのだが。その表示されないことを議論しているようだ。

 エロウさんについて。彼女はこの『狐』の一つ上、地下一階の漫画専門店『コミコング(ComiKong)』の事情にも詳しい。成人男性向けの漫画を描いていることと本名の合成によってエロウさんになったらしい。みんな自然にそう呼んでいる。目に強い力がある。体型を強調した服を常に着ており、豊かで艶やかな曲線を呈している。
 アーマーさんについてはほぼ情報がない。一年中タンクトップで筋骨隆々だ。その筋肉がまるで鎧のようだからアーマーなのだろうと思っているが、他に理由があるのかもしれない。日焼けサロンとジムとそして『狐』。職業は不詳。
 この2人の関係性も謎だが、常に一緒にいることは確かだ。

「結局わかんないなあ。ウェブに詳しい人ってここにいないしね」
 エロウさんは、長いまつ毛をパタパタさせながら、
「あ、マスターなら知ってるかも?」
 とわざと大きな声で、マスターに聞こえるように言い放つ。
 みんなマスターの方に向き直る。
 彼は3秒間私達を見回す。口角を2ミリ上げて目を1ミリ細める。首を大きく傾ける。ただそれだけだった。

 扉が開いた。誰だろうか。

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