小説:剣・弓・本023「不確かな喜び」
【セド】
ライの言うままに塔を目指してひた走る。ネネがついてくるようだ。振り払うわけにもいかない。確かにネネは素早いが、俺が本気を出すと着いてこれないだろう。だから7割程度で流すように走る。すると、ネネが近づいてきて、俺の顔を見上げ、
「セド、もっと速く走っていいよ」
と言ったように聞こえた。
ん? 喋った、のか?
「聞いてる? セド、もっと速く走っていいって」
やっぱり。やっぱりだ! ネネが喋ったぞ!
俺は出所の不確かな喜びを味わった。この少女が喋ろうが黙り続けようが俺には関係ない。そう思っていたはずだが……
あるはずのないたいまつに火が灯ったような、真夜中に虹が立ちのぼるかのような気分に駆られる。
「あ、ああ、わかった」
と言ってスピードを上げてみる。すると彼女は余裕で付いてくる。
昨日剣の稽古をつけたときにも感じたが、こいつにはバネがある。それに加え、判で押したように俺の動きを真似ることができる。要するにネネは普通の少女じゃねえんだ。
そんなことを思いつつ走り続けていると、霞なのか、煙なのか分からないが、視界が急に悪くなる。
バタッ!
と後方で音がしたので顔を向けるとネネが倒れ込んでいた。
(つづく)
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