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小説:盾を砕く(2044文字)

「ならやれ。ならやれよ! じぶんの人生に遠慮してどうすんだ? お前の人生はお前にしか生きられないんだよ! ルホイテ!」
 大柄な戦士ノインツェンが小柄な魔道士ルホイテに叫び散らす。夜の荒野にこだまする。

「で、でも……」
 魔道士ルホイテは眼鏡をいじりながら俯いた。口を動かそうとしていたが、それよりも先に喋る者がいた。
「でも、とか、しかし、とか聞き飽きたよ。あんたはいつも理屈ばっかりだ。まあそれはいい。あんたが抜けることにアタシも賛成だ。ルホイテの好きなようにやりな」
 丸坊主の女戦士ロートは細身の槍を地面に突き刺しながら言った。
 戦いに髪は要らない。
 髪を伸ばしていたこともあった。それも腰ほどまで。ある日の乱戦の中で髪を後ろから掴まれ、身体の自由を奪われた。その間に親しい戦友を失った。戦いに髪は要らない。

「……」
 防士(戦闘職業の一つ。味方陣営の防衛・防御を専門とする)のタイフェンは黙ったままだ。あぐらをかいて身の丈ほどの大盾を黙々と磨き続けている。

…………

 風が吹かない夜だった。戦士ノインツェン、魔道士ルホイテ、女戦士ロート、防士タイフェンはランプの四方を囲んで座っている。皆、幾多の戦いを経て、疲れの表情を湛えている。
 どれくらい歩いたのだろうか。
 どれくらいの時が流れたのだろうか。
 どれくらいの血が流れたのだろうか。
 どれくらいの仲間の血が……

 隣国の大暴君オルネ。その悪政とそこに端を発する侵略戦争。その戦火は燃え広がり、いつ消えるとも分からない。
 オルネ打倒を掲げる自治団体は国内から選りすぐりの人材を集めた。彼らはその精鋭部隊に属している。
 ある夜、国境付近のこの野営地でルホイテは胸中を告白した。

「ぼ、ぼくは、人を殺すために戦うのはもう嫌なんだ。ぼくは魔道の研究の最中だったんだよ。
 みんなは魔道を人殺しの手段・戦争の道具としか思っていない。
 でも魔道はそういうことに使うものではないんだよ。魔道は世界秩序を統御するための学問なんだ。真理を探究する技術なんだ。それを僕は学び続けたい。研究を続けたい。続けたい!
“最終体系・空と量の矛盾式”を解きたいんだ!」

「……分かっていた。分かっていたよ」
 防士タイフェンがその重い口を開く。
「俺たちのことはいいから行け。エイケダイメア(大学の意)に戻れ。お前にしかできないことなんだろ。
 その矛盾式ってのは8000年解かれていないらしいな。元々は“空と量の式”。それがいつからか、その不可能性により矛盾式と呼ばれるようになった。俺はなあ、ルホイテ、お前なら出来る気がするんだ。
 人生なんてあっという間だぞ。やることをやれ。思い切りやれ! やれよ! めいっぱいだ! 全力でだ!
 研究は楽なことばかりじゃないんだろう? 苦しみすらも楽しめ! 立ち向かえ!!」
 大きく息をついて更に続けるタイフェン。
「お前の考えていることは良く解る。お前は甘すぎる程に優しいからな。
 確かにお前の魔道は強力だ。お前が何か強いコトバを唱え、その杖を強く振う。すると敵陣に無数の雷が落ちる。
 お前が何か優しいコトバを唱え、その杖を優しく振う。すると俺たちの体の傷と痛みが消える。奴らには脅威であり、俺たちには勇気を与える。お前の存在は大きい。あまりに大きい。
 だがな。お前にはもっと他にやることがあるんだ。そうだろう? 
 お前はここにいるべきではない。いや、いちゃいけないんだよ!」

━━ガッシャーーーン!!!

 3人は驚いた。2つの意味で目を丸くした。
 1つは普段寡黙なタイフェンが多くを語ったこと。
 もう1つは、その複数枚所持している大盾1枚をハンマー(アーマーブレイカー)で叩き割ったことである!

「……お前を守るための盾はもうこの通り粉々だ。もう俺はお前を守れないぞ。
 だから、行け! 行くんだ!!」

「ありがとう。タイフェン。ありがとう。みんな」
 ルホイテは瞳を涙に溺れさせながら挨拶をした。


 その後ルホイテは研究に没頭した。寝食を忘れ研究に明け暮れた。そこがルホイテにとっての戦地であり、フロントラインだった。
 ガラス瓶を握るだけの握力。研究施設を歩き回るだけの脚力。ノインツェンのような怪力は無い。ロートのような俊敏さは無い。タイフェンのような屈強さは無い。
 ただ知性は人間の限界を遥かに超えていた。


 10年後、その空と量の矛盾式を解いた彼は、世界秩序統御への道ゆきを開いた。そのルホイテには多くの学究的弟子が集まった。後にルホイテ学派と呼ばれることになる。
 20年後、ノインツェンらの活躍もあり、大暴君オルネは倒れた。
 100年後、ルホイテ学派を継承するヒェンラインは空と量の式を応用し、食糧生産の劇的高効率化を実現した。
 この世から飢餓が消えた。飢餓が消え、永久の平和がもたらされた。


 ルホイテの晩年の手記には、こう綴られている。

「若かりし頃の従軍の記憶。それが今でも目に浮かぶようだ。特に防士タイフェンのあの言動。彼なくして今の私はいない」

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