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小説:狐011「狼のリスト」(959文字)

「これ、マズイだろ?」
 リスティーさんとすれ違いでやってきたスミさんが目を丸くする。
「あのさぁ、『狼』ってさぁ。西宿駅地下東口のバーだろ? あのコンサル、勘違いしたな?」
 スミさんの言う通りだと思う。リスティーさんがみんなに配ったチラシの冒頭には、

“これで明快!『狼』の常連客リスト
(『狼』の皆様が楽しむためだけにお使いください)”

とある。

“・バルさん:アドバルーンのように誇張した話しをする。ただし中身は無い。ネクタイが派手。ピン芸人をやりつつ、テレアポの仕事をしている。
・カツコさん:現役大学生フードライター兼カツ丼系動画配信者。全国のカツ丼店に明るい。一年に600食以上のカツ丼を食べる。
・グラブさん:常に野球のグローブをはめている。41歳。プロ野球選手になる夢を追い続ける永遠の野球少年。草野球チーム、“西宿パラドックス”のエースピッチャー。決め球はスローカーブ。
・ウレナイさん:占い師。カップに注がれたコーヒーの表面に写る微かなヴィジョンで対象者を占うらしい。ただ的中率はいまいち。売れない占い師。
・モルさん:大企業で高分子化学の研究開発に従事するインテリ。現在は“心の疲労”により休職中。
・ …… ”

『狼』なるバーの常連メンバーらしい。
 当事者同志ならば笑って共感し合える、あるいはあるあるネタとして成立するのだろうが……

「あのさぁ、これさぁ、リスティーさんの善意なの? 悪趣味じゃねえかなあ? あと個人情報ってやつだ。良くないねぇ。
 なあナリさん、そう思うだろ?」
 私は頷く。
「でさぁ、ここにこれがあるってことはさぁ、『狐』のリストが『狼』に流れたんじゃないか」
 顔をしかめるスミさん。
「まあ、そうかもしれないけど、アタシはどうでもいいね。しかし『狼』ってところもなかなか」
とエロウさん。
「アタシのことはどんな風に書かれてるのかな? ハハ」
 呆れているのか、自虐なのか、少し笑っている。

 さて、無個性な私はどのように書かれるのだろうか。リスティーさんには、いや、『狐』の面々にはどのように映っているのだろうか。

 ふとマスターのほうを見る。いつもの調子で手際よく仕事をこなしている。
 氷で薄めたビールを飲む。いつもより苦いと感じたのは、ミモレットが少し甘かったせいなのか、あるいはまた別の力学によるものか。

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