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小説:狐

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『狐』 ジブラルタル峻 作 2024年2月6日、30投稿にて完結。
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#わたしの作品紹介

小説:狐017「シンジさん」(621文字)

「マスター、久しぶりー。カルーアちょうだい」  その声を聞いてマニさんが分厚い本から視線を上げる。 「シンジさんじゃないですか」 「やあマニさん、みんな! あとそっちのお嬢さんたちは新顔だねー」  シンジさんはいつも外向的だ。ハンチング帽を被っている。年齢的にはスミさんよりも上だと思う。年金暮らしで旅行が趣味らしい。それ以上のことは知らない。その点では常連客の中ではかなり疎遠な方だと言える。  お嬢さんたち、と呼ばれた二人の“非”常連客は軽く会釈をする。赤いセルフレームメガネ

小説:狐018「怪談とマニさん」(545文字)

「フン! くだらないですよ」  シンジさんが帰ったのをいいことに、マニさんが顔をしかめて語る。 「陀田トンネルに限らず、だいたいの心霊スポットなら、“いないはずの女性の叫び声が聞こえる”なんて、よくある話じゃないですか。これは知っているとか知らないとかそういうレベルの案件じゃありませんよ!」  マニさんが感情を露わにする。“陀田トンネルでは、いないはずの女性の叫び声が聞こえるという噂がある”というところまで押さえていなかった自分に腹を立てているのだろうか? 彼は知性、いや知識

小説:狐019「マニさんの述懐」(706文字)

「……小学生の頃、いじめられていた、と思います。身体が弱くて、運動もまるでダメ。足も遅すぎる……  おまけに、人前では緊張して言いたいことも言えない、そういう少年でした」  今のマニさんからは想像出来ない。 「そんなとき、『地球一周エクストリームクイズ』っていうテレビ番組を見たんです。知っていますか? バブル期の特番です。密かに復活を祈っているわけですが、このご時世、難しいようですね。  知識自慢の猛者たちが己の知力で、南北アメリカ大陸を、アフリカを、ユーラシアを、旅していく