【小説】坂木 司|和菓子のアン 秋ふかし(後編)
トーマス。単純に考えれば機関車のアニメ。じゃなきゃ人の名前。でもどちらも、和菓子を指して言うのはなんだかおかしい。だって今ショーケースにあるお菓子に機関車っぽいものはないし、人の名前を連想させるものもない気がする。
(でも――)
もしかしたら、私が知らないだけで隠語のようなものがあるのかもしれない。椿店長や立花さんが教えてくれたみたいに、和菓子には本当に様々な文化が関わっているから。
というわけで、まずはお昼休憩のときに『和菓子 トーマス』とスマホで検索。すると、出てくるのは機関車のアニメの画像ばかり。ですよね、と思いながらおばあさんの見ていたあたりのお菓子の名前を入れてみる。大福、どら焼き。どちらも違う。機関車の焼印がついたお菓子は見つかったけど、おばあさんがわざわざそれを言うのもおかしいし。
(あ、そういえば)
きんとんは入れてなかった。そう思って打ち込むと、予想外の結果が出た。それはなんと、別タイプの機関車、というか電車アニメ。
「『チャギントン』……」
「きんとん」がタイトルの後半と合っていたからだろう。にしても奇跡のかぶりじゃない? 列車アニメが二連続なんて。私はスマホを見つめながら、ちょっと笑ってしまう。
(列車かあ)
旅に出たくなっちゃうな。ちょうど涼しくなってきて、お出かけにはぴったりの季節だし。前に行った京都や金沢では、サチやよりちゃんと一緒に色々おいしいものを食べることができて楽しかったなあ。
(――次に行くなら、どこがいいだろう)
なんとなく、あったかいところに行きたいかも。沖縄までじゃなくていいから、温暖な気候でのんびりしてるところ。温泉とかもあるとさらにいい。
頭の中に、日本地図を思い浮かべる。
(あれ? 京都より向こうって、行ったことないかも)
あ、大阪は家族で行ったことあったかな。でもそれはずいぶん前のことで、私が中一くらいの頃。
(ていうか私、本州から出たことない?)
いやいやいや。確か北海道と沖縄は行っている。それも小さい頃だけど。
そこまで考えて、私はお父さんとお母さんが頑張ってあちこち連れて行ってくれていたことに気がついた。北海道と沖縄に行ったのはお兄ちゃんと私が小学生だった頃だし、大阪はお兄ちゃんが高二の受験前で、今のところ最後の家族旅行になっている。
本州以外の北と南の島は、一応行っていた。ということは。
(九州、四国、あとあれだ、広島とか鳥取とかある――あ、中国地方)
そもそも、行ったことのある場所の方が少ない。でもこの間長崎の話をしたから、九州が気になった。だってほら、角煮まんとかちゃんぽんとかおいしそうだし。
(でも、ちょっと遠いよね)
関西までは新幹線で二時間ちょっとだけど、九州は飛行機レベルだ。一応新幹線で行くこともできるけど、何時間かかることやら。試しにスマホで調べてみたら、なんと五時間。三人でおしゃべりしていれば行けないこともないけど、観光の時間は大幅に減るだろう。
現実的に考えるなら、関西よりちょっと先くらいがいいかもしれない。というのも、私は飛行機が苦手なのだ。
(まあ、「絶対無理!」ではないんだけど)
だから北海道と沖縄のときは頑張った。行きたい気持ちが苦手より上回っていたから。でも今は、できれば乗りたくない。あの閉鎖された感じとか、耳がキーンとなるのとか、頭がぼうっとするのとかが、全般的に苦手なのだ。
(移動で三時間以上かかるのは、除外かなあ)
だったら逆に東北とか? 海の幸とかお餅とかおいしそうだし、食に関しては申し分ない。温泉だってある。
(でも……寒いんだよねえ)
寒いのが悪いわけじゃない。寒いところであったかいものを食べるのは最高だし、かまくらとかちょっと憧れる。でも今は、なんとなく温暖なところに行きたいのだ。
そんなとき、近くの席から声が聞こえてきた。
「まあねえ。帰省するにしても、うちは結構時間かかるんですよね」
ちょっと首を動かしてみると、男性が二人、後ろの席に座って談笑している。どこの売り場の人かはわからないけど、ワイシャツ姿の男性。そしてその言葉にうなずくスーツ姿の人。
「こういう仕事ですから、混まない時期に行けるのはありがたいですけどね」
「確かに。お盆を外すから実家の母にはたまに文句を言われますけど、それでものんびりできる方がいいですよね」
なるほど。夏休みの帰省ラッシュを外して、これから帰省するらしい。デパートに勤めている人はお休みの日に働かなければいけないことが多いけど、平日の空いている時に休めるというメリットもある。
「でも自分は、東京では車持ってないんですよ。だから必然的に電車移動なんですけど、微妙に長くて。かといって飛行機にすると、空港からのバスが二時間とかかかるんで、どっちにしても長いんです」
ワイシャツの男性が、かるくため息をつく。
「アクセス悪いのって致命的ですよね」
するとスーツ姿の男性が「ならいっそ途中下車したらどうですか?」と言った。
「途中下車?」
「はい。飛行機は難しいでしょうけど、電車なら大きめの駅で降りて観光するとかお茶を飲むとかしてリフレッシュすれば、行けたりしませんか?」
まあ、チケットが二枚になるのはちょっとめんどくさいかもですけど。その意見を聞いたワイシャツ姿の男性は「なるほど!」と声を上げた。
「それ、いいですね。うちは小さい子供がいて、いつも車内で退屈して困ってたんですよ。でもそうか、途中下車か。駅近でちょっと遊んだりおやつを食べたりすれば、四時間の移動も二時間と二時間にできますね」
へえ。それは確かにいい考えだ。たとえば私が京都より向こうに行こうと考えた時、休憩がわりに京都の和カフェでお茶するとか、大阪でたこ焼きを食べたりするのはいいかもしれない。
時間を細かく分ければ、観光しながら遠くにも行ける。そう思ったら、なんだか視界がぐっとひらけた気がした。
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