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【小説】薬丸 岳|神の配剤 第6回

ジャーロ9月号(No.84)より、薬丸 岳さんの連載をご紹介します。
(連載第1回は『ジャーロ2021年11月号(No.79)』に掲載しています)
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爆破事件に翻弄された過去を持つ者たちは、
花岡はなおかの養子となった祐希ゆうきに興味を抱き……


イラストレーション 3rdeye


 

 喫茶店に入ると、高坂たかさか祐希は店内を見回した。奥のほうの席に座る西城さいじょうの背中を見つけて近づいていく。

「こちらのほうまで来ていただいてすみません」祐希はそう言いながら西城の向かいに腰を下ろした。

 昨日の夜に西城から会いたいと連絡があり、弦希げんきが入院している病院の近くの喫茶店で待ち合わせすることにした。

「いえいえ、高……いや、祐希さんがお忙しいのはよくわかっていますので」

 祐希もそうであるが、花岡という新しい苗字に西城もなかなか馴染めないようだ。

「電話でお話しすれば済む話なのですが、直接祐希さんとお話ししたほうが花岡さんの記憶を取り戻すアイデアがまた浮かんでくるかもしれないと思いましてね」

 店員がやってきて祐希の前にコップの水を置いて注文をいた。ホットコーヒーを頼む。

 これからする話を誰にも聞かれたくないと、暗黙の了解でふたりとも沈黙したままコーヒーが運ばれてくるのを待つ。

「……昨日、花岡さんに会ってきました」

 祐希の前にコーヒーを置いて店員がテーブルから去ると西城が切り出した。

「どうでしたか?」コーヒーをひと口飲んで祐希は訊いた。

「やはり驚いてらっしゃいました。自分が見た夢が、夢ではなくて現実に起きていたことだったのかと。どうりで生々しい夢に感じたと……」

「どうして『生きろ』という文字をベンチに刻んだのかについては何かおっしゃっていましたか?」

 祐希の問いかけに、西城がうなるようにして首を横に振る。

「その記憶をきっかけにして前後の記憶も思い出されるかもしれないと、けっこう粘っていろいろと問いかけてみたんですが……」

「どうしてそんなことをしたのかわからないと?」

「ええ……ただ、それ以前にそう強く思わせる何かがあったのかもしれないね、と花岡さんはおっしゃっていました。将大まさひろさんが亡くなってから記憶の残っている一年ほどの間にも、花岡さんは何度も成木なりき運動公園に行っていたそうです。サッカー場で練習する子供たちを見ながら今は亡き将大さんに思いをせていたと。だけど、そのとき自分の胸を満たしていたのは将大さんを失った絶望だけで、生きようなどという前向きな思いは微塵みじんも湧いてこなかったから……と」

「二〇一五年の二月二十五日……その日か、もしくはそれより少し前に、花岡さんを前向きな気持ちにさせる出来事があったと……」

「おそらくそうなのではないかと思います。それまで自殺を考えるほど思い詰めていた花岡さんを変えるようなことがあったのではないかと」西城がそう言ってコーヒーに口をつけた。

 それはいったいどういったことだろう。

 祐希と面会するようになってから多少は明るくなったとはいえ、このままいけばいずれ死刑に処されてしまうという絶望の最中に花岡はいる。

 生きろ――

 そう前向きな気持ちにさせた出来事を花岡に何とかして思い出させたい。
「ところで……将大さんの友人については何かわかりました?」さらに訊きたかったことを思い出して祐希は少し身を乗り出した。

「そのことについても面会のときに花岡さんにお訊きしました。ただ残念ながら……将大さんと親しくしていた友人についてはほとんどわからないということです。小学校のときに将大さんがやっていたジュニアサッカーのチームメイトなどは、保護者とのつながりもあったので何となく記憶にあるということでしたが……それでも名前などははっきりと思い出せないとのことでした」

「そうですか……卒業アルバムや写真などの将大さんの私物はどこにあるんですか」

飯能はんのうの自宅に保管しているとのことです。将大さんは大学まで実家で生活していましたが、卒業を機に中目黒なかめぐろでひとり暮らしを始めたそうです。ただ、将大さんがお亡くなりになって……それで中目黒の部屋を整理して思い出の品などは自宅に運んだと」

「花岡さんの自宅をぼくたちが調べることはできないんでしょうか」

 祐希が訊くと、こちらを見つめ返しながら考え込むように西城が唸った。やがて口を開く。

「逮捕された際に花岡さんが所持していた物は拘置所に留置されています。自宅の鍵などもそうでしょう。手続きも含めて諸々確認してみないと何とも言えませんが……花岡さんの所有物なので、本人の承諾を得られればわたしたちが自宅に入るのはおそらく可能ではないかと……それとは別にお伝えしたいことがあるのですが」

「何でしょうか」

「将大さんと親しかった人について心当たりがないか、花岡さんのご友人にもお訊きしてみました」

 祐希に花岡の養子になることを求めた人物だ。



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