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【新刊エッセイ】長浦京|なわとびとガラス片と血の手形


なわとびとガラス片と血の手形

長浦京

小学三年生の冬休み、ガス爆発事故に巻き込まれた。

 僕が妹となわとびの練習をするため自宅を出たのが午前九時ごろ。近所のビルの敷地で飛びはじめた直後、国道を挟んで建つ雑居ビル一階の飲食店が爆発した。爆音とともに店の大きなガラス窓が砕け、ちょうど前を通りかかった自転車の男性が国道のこちら側まで吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。僕と妹にも爆風が吹きつけ、尻餅をつき、さらに僕らを囲むように建っていたビルの割れた窓ガラスが降ってきた。夕立のようにガラス片が地面を打ちつける中、妹を抱えて家に駆け戻った。途中、血まみれの男性が電柱にしがみつき、立ちあがろうとしているのが見えた。他にも男性が道にうつ伏せに倒れ、犬の散歩をしていた女性が腕から血を流しうずくまっている。路上には何台も車が止まっていたが、車内の人がどうなっているのか見る余裕はなかった。

 家に戻ると妹のまぶたが二センチほど切れていた。それ以外、僕も妹も大きな傷はなかったものの、髪にガラスが付着し、服にも無数のガラス片が突き刺さっていて、普通に脱ぐことができない。母がハサミで裂いて服を剥ぎ取り、裸にされたあと掃除機で髪から足先まで吸われた。幸いにも死者は出なかったようだが、男性がしがみついていた電柱には血の手形がはっきりと残っていて、僕は怖くてしばらくその近くを歩くことができなかった。

 その後、小説家になり作中に爆破場面を登場させることが多くなった。最新作『1947』にも出てくる。書くたび思い出すのはあの事故の記憶であり、体に浴びた風圧と大量のガラス片であり、血の手形だ。人に話すつもりなどなかったのに、実家が解体されることになり、掃除をしていたら当時の新聞が偶然出てきた。小学生の僕は事故の取材を受け、記事が載ったものの、嫌な記憶が蘇るため自分では読めなかった。今でもあの手形を思い出すと、そこに人の死への恐怖と生への渇望が刻み込まれていたようで、背筋がぞくりとする。因果なものだが、その戦慄がきっと今、自分を小説に向かわせているのだと思う。

《小説宝石 2024年3月号 掲載》


『1947』あらすじ

1947年。英国軍人のイアンは、戦場で不当に斬首された兄の仇を討つため来日する。駐日英国連絡公館の協力を得つつ少ない手掛かりを追うが、英経済界の重鎮である父親ゆずりの人種差別主義者でプライドの高いイアンは、各所と軋轢を生む。GHQ、日本人ヤクザ、戦犯将校……さまざまな思惑が入り乱れ、多くの障害が立ちふさがる中、次第に協力者も現れるが日本人もアメリカ人も信用できない。イアンの復讐は果たされるのか?

著者プロフィール

長浦 京 ながうら・きょう
1967年生まれ。埼玉県出身。2011年『赤刃』で第6回小説現代長編新人賞を受賞し、翌年同作でデビュー。2017年『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞受賞。主な著作に『アンダードッグス』『プリンシパル』『アンリアル』など。

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