食べる
あらすじ
食べるという行為が通常の人とは違うものになった青年の犯罪を犯すまでのお話。
1章 かさぶた
あれは小学生低学年の頃ですかね。
遊んでいて擦りむいた膝に絆創膏を貼っていたんですが、しばらくするとかさぶたができたんです。
あれって、剥がしたくなるんですよね。それで、爪でカリカリやってかさぶたを剥がしたんです。
不思議ですよね、皮膚の一部なのに皮膚が再生されると剥がれてしまう。 でも、間違いなく自分の一部なんです。
それでぼんやりとかさぶたを眺めていたら、ふいに、『食べたい』と思ったんです。
それで、口に入れました。 味は、なんかしょっぱいような感じでしたが、それよりあの硬い感触がなんともガムのようで、しばらく噛んでいて、それで、飲み込みました。
2章 爪
これも小学生の頃ですが、いつからか爪を噛む癖が付いたんです。
授業中でも、家でもしょっちゅう爪を噛んでいました。
あれって、噛んでいると爪の伸びが悪くなるんですよね。次第に爪切りをしなくても両手の爪は伸びなくなりました。
あれは、小学5年の夏ですかね。
友達と追いかけっこしていて、石につまずいて転んだんです。
サンダルだったので、右足の親指の爪が剥がれてしまいました。
痛かったですよ、それは。でも、その次に湧いたものがありました。剥がれてめくれあがった爪。
それを、「食べたい」と思ったんです。
指でつまんで、まだくっついている根元からひきちぎって、口に入れました。
かさぶたよりも、血の味が濃かったですね。
血の味をしゃぶりつくして味がなくなってから噛みましたが、噛んでも硬いんです。
仕方ないので、そのまま飲み込みました。
3章 つばめ
中学生になると、いろいろなものに興味が湧くようになりました。
道で轢かれている猫の死体。
近所のうるさい犬。
でも、それらを食べようにも、周りの目があったので、食べるわけにはいきませんでした。
でも、中学2年の春、絶好の機会が訪れました。
中学校の渡り廊下に、つばめが巣を作っていたのですが、体育の時間にお腹が痛くなり、保健室に向かおうと渡り廊下を通ったら、その巣から、つばめの雛が一匹落ちていたんです。
体育館からはバスケをするクラスメイトの声は聞こえますが、誰もこっちに来る気配はありません。
頭上ではつばめの雛がうるさく鳴いています。
落ちた雛はよわよわしく鳴いていて、まだ生きていました。
この小さな生命を、「食べたい」と、思いました。
雛をつまみ上げると、指先で命を感じました。
ふっと、砂を吹くと、頭から、齧りました。
しょっぱい、そして苦い感触がありました。
雛の体からは血が流れます。
急いで頭を奥歯で噛み砕いて、血をすすりながら、雛の体も口に入れました。
雛の足が硬かったですが、噛み砕くことはできました。
雛の血の味と、苦味を味わって、ごくりと飲み込みました。
不思議なことに、雛を食べ終えると、腹痛が治まっていました。
4章 目玉
中学生の頃はホントにいろんなものに興味がありましたね。
中学3年の時に、クラスメイトと話をしていたんですよ。
陰キャでいじめられるような奴だったんですけど、目が綺麗でね。
その目を、「食べたい」と思ったんですよ。
家でゲームやってたんですが、横顔をみていてそう思いました。
それで、そいつを押さえつけて、右目に指を突っ込んだんです。
痛がって抵抗されましたが、馬乗りになって、そいつの目を、抉り出しました。
神経がびょーんと伸びて、つい笑ってしまいましたね。
で、力任せにひきちぎって、口に入れました。
意外に大きくて、ビックリしましたね。
で、やっとの思いで噛み砕いて、飲み込みました。
味はしませんでした。血の味だけでしたね。
そのことで、僕は入院しました。
はい、精神科です。
そいつの名前ですか?
ええと。
覚えてないですね。
5章 指
精神科病院では、基本暇だったんで、いろんなものに興味がでましたね。
シャッターの錆び、風呂場のカビ、そして自分の排泄物。
ある日には他の患者の排泄物とか、爪を食べましたね。
面白がって、わざわざ1年貯めた爪を僕にくれた人もいました。
そんな感じだったんで、入院は長引きました。
退院できたのは二十歳を越えてからでした。
その頃には薬の影響もあって、食べることに興味がなくなっていました。
そんな時、町で、中学のクラスメイトにあったんですよ。
はい、あの目を抉った奴です。
そいつの顔を見た時、思い出したんです。そいつの「味」を。
しばらくは普通に接していました。遊びにいったり、「フツー」に。
それからしばらくして、僕はそいつの指を見たんです。綺麗な指でしたね。
それで、衝動的にホームセンターで包丁を買ったんです。ええ、そいつの指を切るために。
公衆トイレに連れ込んで、そいつの小指を、切り落としました。包丁で骨を切るのは苦労しました。そいつも痛みで抵抗するんで、何度も殴りました。
そして、切り落とした小指を心ゆくまで味わっていたら、悲鳴を聞き付けた奴が通報したみたいで、人生で二度目のパトカーに乗りました。
そこからは、未成年ではないんで刑務所かなあと思ったら、また精神科病院に入院になったんです。
退院してから一年後でした。
罪悪感ですか?そいつに?
いいえ、そいつは医大の学生って言ってましたからね。新聞とかにさいせーいりょーとか書いてあるし、指なんて戻せるんでしょ?
6章 そして
二度目の精神科病院では大人しくしていました。
薬の量がハンパなくて、興味がなくなったせいもありましたが、早く退院したかったんですね。
でも、15年かかりました。
暇でしたね、とにかく。
でも、できるだけ「フツー」に暮らしていました。
で、突然退院に決まったんです。
親が亡くなっていたんでこーけんにんとかいう人が身元引き受けてくれて、実家に戻りました。
実家は荒れてましたね。でも、居心地良かったです。中学生まで暮らした家ですからね。
週に一回、こーけんにんが来ました。
薬は飲んでいるかとか、残った薬を確認したりしていましたね。
その辺はキチンと飲んでいましたよ。
でも、ダメでしたね。また、興味が湧いてきたんです。
近所に小学生がいたんです。女の子。五年生くらいかな?
いつも窓から女の子が登下校するのが見えたんです。
ある日、あれは雨の日でしたね。傘をさしたその子が一人で登校していました。
その時、湧いてきたんです。
傘もささずに、外に飛び出しました。それで、家に連れ込んだんです。
それまで、女の子の肌なんて触ったことなかったんで、興奮しました。そして、別な感情が湧いたんです。
暇だったんで、エッチなビデオを見ていたんですが、それをしたくなったんです。
抵抗がすごかったんで、首を締めました。なかなか大人しくならないんで、目一杯締めたら、動かなくなりました。
で、エッチなビデオみたいに、したんです。
あまり良くなかったですね。こんなツマラナイんだって思いましたよ。
コトが済んだあと、女の子のお腹を見ていたら、綺麗だなって思ったんです。
こんな綺麗なら、中身も綺麗だろうと、包丁で裂いてみたんです。思っていたのと違って、グロかったですね。すっかり興味がなくなりました。
で、顔を見たら、その顔が綺麗だったんで、顔をこう、包丁で剥ぎ取ったんです。綺麗じゃなくなりましたね。
で、髪の毛が綺麗だったんで、髪の毛を剥いだら、綺麗な骨が見えたんです。頭蓋骨ですね。
で、中身を見たくなったんで、包丁で割ろうとしたけど、硬いんです。しかたなく金づちで叩き割りました。そしたら、そしたら、今まで見たことない、それは綺麗なのを見ました。
脳です。
僕は興奮して、スプーンですくって、食べたんです。
旨かった。
それは、旨かったです。
全部食べ終わる頃に、警察が来ました。
ねえ、先生。僕はどこに行くんですか?刑務所ですか?また精神科ですか?どっちにしろ、今度はかなり長くなるんでしょ?
え、そうですね。罪悪感はないです。
名前も知りません、その女の子。
はあ、今後、死ぬまで刑務所か精神科なのは残念だなあ。
え、だってもう脳を食べれないじゃないですか。
7章 鑑定
薄暗い診察室。
パソコンの画面を見ていた二人の医師は同時にため息をついた。
「ちょっとすみません」
と一人の若い医師が立ち上がった。
「気分悪くしたなら、悪かったな」
少し年配の医師が白髪混じりの頭を撫で付けた。
「いえ」
立ち上がった医師はシンクの前に行った。精神科の診察室なので、安全のため鏡は設置されていない。
「警察から精神鑑定を依頼されたんだが、どう思うね?アメリカで犯罪心理学を学んだ君の意見が聞きたくてね」
若い医師はメガネを外すと、ため息をついた。
「そうですね。僕の意見は」
そういいながら、若い医師は右目に指をあてた。
その右手の小指は第2関節から先が、無かった。
右目にあてた人差し指をグイっと下から持ち上げるようにすると、義眼が取れた。
義眼を水道で洗うと、また下瞼をあっかんべーするみたいに引き下げて、義眼を右目に嵌め込んだ。
胸ポケットから点眼を取り出し、数滴右目にさす。
「僕の意見はなぜ女の子だったのかってことです」
「ん?」
若い医師の言っていることが理解できなくて、年配の医師は聞き直した。
「僕は彼を知ってます。彼に右目を抉られ、右手の小指を切り取られたのは、僕です」
年配の医師が息を飲んだ。
「僕じゃダメだったのかそれを彼に聞きたい!……僕は、僕は彼に「食べられたかった」!」
了
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