真夜中の来訪者
午前三時。
蜷川邸の寝室に、ベッドのスプリングが激しく軋む音は響いている。
暫くして、事を終えた夫婦がそのまま寝息をたて始めた。
その一時間後。
夫の漆が眼を覚ます。
程なくして、ぐっすり眠っている妻の美嘉を一瞥し、冷え切った部屋から漆は出て行った。
漆は喉が渇いたのだろう、一階のキッチンへ下り、冷蔵庫から麦茶の入ったガラスポッドを取り出し、それをコップに注ぎ、一気に飲み干した。
静寂の中を泳ぐような、リビングに置かれた金魚達の水槽のエアーポンプが空気を吐出する音は、ゴポゴポと鳴っていた。
帰り道、階段までのシンとしたその静かなリビングを通ると、幾分、背筋が冷える。それはホラーが大の苦手な漆にとってはちょっとばかし酷な事だった。
心臓の音が早い。嫌な汗も出る。
その所為で眠気も覚めてしまい、寝室に戻ると漆は速攻で布団に潜り、起こさないように美嘉にそっと抱きつく。
小刻みに震える肩。息がつまる。
────早く夜よ明けろ。
恐怖心というものが、明らかに漆を追い回していた。
ただ“静寂”という得体の知れない存在に付きまとわれ、心を翻弄する何かに漆は取り憑かれてしまったようだ。
そんな異常事態でも、美嘉を起こすまいという優しさを忘れない漆は出来た男である。
とは言え、美嘉にしがみつく力は自然と強くなり、結局美嘉の目は覚めることとなった。
「うゆしゃ・・・んー・・・どちたの?」
美嘉の意識は然程ハッキリとしてはいない。
漆に何があったのか、漆が今どんな状態か、それらの問題は美嘉の頭の中では何も提起されていないのだ。
「怖いよぉ・・・」
ヤクザの組長と言えど、人間だ。怖いものの一つや二つあっても決しておかしいことではない。
だが少々情け無い話である。
漆が涙ぐむと、不意に美嘉の手が漆の背中をさすった。
撫でるように優しく柔らかに、それは漆の恐怖心をすぐに拭い去ってくれた。
午前七時。
気付けばカーテンの隙間から陽が漏れている。
漆はいつの間にか眠っていたようだ。
背中に温もりを感じる。
美嘉の手は、まだ漆の背に在った。
漆は美嘉の頬に唇を落として、再び眠りについた。
…fin
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