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かえるの恩返し

母がかえるを助けたという。

庭の池で、網に引っかかっていた瀕死のひきがえるを見つけ、網を切って放してやったらしい。
(家の池には金魚がおり、時折やってくるシラサギが金魚を捕食しつくして絶滅に瀕した悲しい過去があることからサギよけの網が被せられるようになったのだ)

救出劇以来、庭の池からは時折ゲコゲコと奴の鳴き声が聞こえる。どうやら息災のようである。



昔から我が家の池には大量のひきがえるが年一でゲコゲコ押し寄せてきてゲコゲコ産卵し、大量のおたまじゃくしが孵って小さいかえるになって、いつのまにかゲコゲコどこかへ旅立ってゆくのが春から初夏の風物詩的イベントであった。

ひきがえるたちのゲコゲコが聞こえると「今年も帰って来たなぁ」と思ったものである。

両手にしっかりおさまるくらいの、でっぷりとした茶色いひきがえる達のことが私は昔から好きであった。
頑固そうな顔にまるい体がかわいらしいと思っていたし、好きな季節を告げてくれるところも気に入っていた。

小さい頃、ひきがえるの数匹がうっかり玄関に入ってきてしまったことがあり、靴の中にすっぽり居座っていた時はおかしくてしょうがなかった。たしかあの時の靴も母のものだった。


近年はすっかり押し寄せる数が減ってしまって、今年は助けられた一匹しか見かけていない。


私と妹は母にひきがえる救助の一部始終を聞いてから、「いつ恩返しが来るか?」で毎日ひと盛り上がりしている。

そのうち「あの日たすけていただいたひきがえるです。お礼にお肩を揉みましょう。ヒタヒタヒタ…」と夢枕に立つぞと、いい歳した姉妹で母をおどかしている。かえるのしっとりハンドなら湿布代わりになりそうだ、ついでに腰痛も治るかもしれない、などと言いたい放題である。


しかし、海外ではかえるといえば「魔法で姿を変えられてしまった王子様のなれのはて」と相場は決まっている。

彼がかえるの王子なら、ひょっとして何度も生まれ変わって母に会いに来ているのかも?とひそかに妄想する。
母は動植物に優しいたちなので、人生のどこかでかえる王子に惚れられてもおかしくない。

いつか靴に入ってきたかえるも、先日助けられたかえるも、母に会いに何度も生まれ変わってピョコピョコやってきたのだとしたら?


そんなことを考えていると、窓の外からまた彼の鳴き声が聞こえた。

やっぱりこの声が聞こえると私は少し嬉しいのであった。

初夏が近づいている。












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