いつか一人で眠れる日まで
娘は、決まって明け方に目を覚まし、わたしのところにやってくる。
泣くわけでもなく、トコトコと無言でやってきて、静かにわたしの肩あたりをポンポンと叩く。それを合図に、わたしは寝ぼけ眼のまま、むくりと起き上がり、娘の手をとって部屋まで連れていく。
双方が自動操縦モードのように、一定のリズムとスピードで毎晩繰り返されるこの動作。
それから娘は、ベッドに入る前に必ずトイレにいく。わたしは、娘のベッドに横になり、眠気が覚めないようにじっとして待つ。娘がトイレから出てきてベッドに入るのを見届け、かけ布団を整えてやって、手を握って「おやすみ」と声をかけてから、部屋を出る。
起こされること自体は、まあいいとしよう。いや、起こされない方がいいんだけど、わたしの疑問は、一人でトイレに行けて、一人で眠りにつくことができるのに、なんでわたしは毎晩呼ばれるのかということなんだ。
この数日、娘に起こされた後、しばらく寝付けなくなることが続いている。朝が近く、空が白みかけてきた頃に睡眠をぶった切られるものだから、朝の寝起きが悪くて仕方ない。日中の頭の働きや集中力にも影響するので、ちょっと困っている。
だから、娘には、なんとか朝まで一人で寝られるようになってほしい。
娘には、これまでも、繰り返し声をかけてきた。
「君は、夜中に目が覚めても、もう一人で寝られると思うよ。やってみようよ」
こういうとき、娘は、決まってさっと表情を硬くして、首を横に振る。「暗いからできない」、「一人じゃ怖い」という。
でも、トイレにもベッドの近くにも、ナイトライトをいくつも点けているじゃない。一人でトイレも行けるし、ママが部屋に残っていなくても一人で眠れるでしょう?むしろ、どの場面にママが必要なのか教えて?
娘の受け答えは、いつも要領を得ない。まあ、夜は暗くて怖いんだろうくらいの、ぼんやりした理解で済ませていた。
それはそれで間違っていない。でも、昨晩、娘の様子を見て、わかったことがある。ああ、そういうことかと。
いつもと同じようにわたしを起こしにきて、部屋に戻ってきて、トイレに行くとき。いつもは、娘のベッドに横になって目を閉じて待つのだけど、昨日は娘の様子を見守っていた。
娘は、トイレのドアを開けるのを躊躇していた。恐る恐るちょっとずつ開けて、中を注意深く確認して、そろそろと入っていった。
このドアの向こうがいつもと違ったらどうしよう、と心配する娘の心のうちが、透けて見えるようだった。ナイトライトが点いていればいいっていう単純なことじゃなかったんだね。ドアをくぐって中に入ってからも、ナイトライトの光がほの暗く天井に映る感じや、浮かび上がるグレーの影なんかが、昼間見るのとは違う表情を見せていて、不気味な感じがするんだね。
わたしにも、夜中に目が覚めるたびに身をすくませていた頃があった。夜は、昼間とは全然違う世界に見えた。そして、夜は果てしなく長い。まだ娘くらいの歳だっただろうか、眠りについてから朝目が覚めるまでの間に、時計の短針が8回くらいぐるぐる回っていると信じていた。それくらい長く感じた。
娘はいま、あの辺にいるんだな。
過去の記憶を呼び覚ましながら、わたしには、娘のいまいる位置が俯瞰して見えた。
ママはいつも眠くてとろけそうだったから、夜中に君がどうしてママを呼びにくるのか、全然注意して見ていなかったよ。ママに何かしてほしいわけじゃなくて、ただママにそばにいてほしかったのね。もし邪悪なものが現れたら、代わりにやっつけてくれるように。
夜を畏れる娘の、お守りとしてのわたし。あとどれくらい必要なのかわからないけれど、思う存分使えばいいさ。
そしていつか、一人で寝られるようになっておくれ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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《娘のことを書いた記事》
https://note.com/getbetter/n/n4a94bc5301c6
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