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たりないふたりの大逆転劇から学んだ、ヒップホップと挑戦する生き様

「ヒップホップ」もしくは「ラップ」という音楽ジャンルに、みなさんはどういうイメージをお持ちでしょうか。

やってる人がチャラそう? いかつくて怖い? みんなクスリやってそう?
もしくは、立派な大学を出た頭の良い人しかできないもの?

わたしもそう思っていました。
周りの友達よりもいろいろなジャンルの音楽を聴いてきた自信があったし、ちょっと前から「アメリカのビルボードチャートは、今ほとんどラップミュージックが占めている」というニュースも聞いてはいたけれど、それでもヒップホップだけはなんとなく近寄りがたくてずっと避けていました。10年以上通い詰めている近所のTSUTAYAでも、「HIPHOP / RAP」の棚だけはろくにチェックしたこともありませんでした。

そんなわたしの長年の偏見を一掃し、この未知のジャンルを知る入り口となってくれたのが、Creepy Nutsです。

日本三連覇のラッパーと世界一のDJ。そんな圧倒的なスキルを武器に、まさに「ヒップホップの間口を広げる」ためにステージの内外で幅広すぎる活動をおこなっている彼ら。それまで「ラップ」は度々聴いていましたが、彼らにたどり着いたことで、わたしはいつの間にかヒップホップ・日本語ラップの深い沼にずぶずぶとハマってしまいました。まだまだ聴き始めて1年程度、「ヒップホップ」と「(日本語)ラップ」の厳密な違いもよくわかっていない勉強中の身ですが、奥が深すぎるこのジャンル、聴けば聴くほど楽しいです。

Creepy Nutsはわたしに「ヒップホップ」という未知の音楽を教えてくれただけでなく、コンプレックスを抱えながらも前へ進んでいく勇気も与えてくれています。ジャンルを聴き進めている話はとてもnoteひとつにはまとめきれないので、今回はこちらを着地点に、彼らとの出会いから順にお話ししていこうと思います。
思い出しながら書いていったら想像以上に熱が入ってしまい、1日1本のはずが2日かかってしまいました…

第一印象「怖そう」

「Creepy Nuts」という名前だけは、彼らの楽曲をはじめて聴くよりずっと前、大学2年の頃に知っていました。長年フォローしているよく行くタワーレコードの店舗アカウントで、1stEP『たりないふたり』のリリースがお知らせされていたからです。

当時は「Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)」表記を使用されていて、そのツイートでふたりの個人名と『たりないふたり』のジャケ写も知りました。あと、R-指定という人は界隈でめちゃくちゃ有名なラッパーらしい(当時2016年、UMB 三連覇から2年後)ということも知りました。せっかくなので引用したかったのですが、検索してもそれらしいツイートが見つかりませんでした…

名前と職業から、Rさんは「30〜40代くらい、帽子をかぶっていて口髭を生やす、どぶろっくの歌ってる人みたいな見た目」の人、松永さんは「同じく30〜40代くらい、サングラスをかけて全身黒い服を着ていつも後ろでフラフラ立っている」人だと勝手に想像していました。妙に具体的です。

それまでは、小学生のときにハマったmihimaru GTをはじめ、ORANGE RANGERIP SLYMEなど、もっとJ-POP寄りの聴きやすいラップには聴き馴染みがありました。Red Hot Chili PeppersMAN WITH A MISSIONのようなミクスチャーロックも高校時代から頻繁に聴いています。でも「ヒップホップ」のジャンルにカテゴライズされる音楽やアーティストは、これらとは全く違って歌詞・サウンドの両面でもっとゴリゴリのハードな音楽だと思っていたし、実際にそれも正しい一面でした。
そして、Creepy Nutsは大会で優勝するようなラッパーとその相方なのだから、怖い人たちのほうの「ヒップホップ」をやっているに違いないと思っていました。自分とは縁がないと思っていたので、すぐにこのキャッチーな名盤のことも、ツイートを見たことも忘れていました。

未知の生物

Creepy Nutsの名前を見かけたあたりの数年間、わたしがハマっていたのが、キャラクターソングを中心にしたアニメソングです。ちょうどその頃は『うたの☆プリンスさまっ♪』にありったけのお金と熱量を注いでいたので、すっかり"3次元"のアーティストの楽曲は聴かなくなってしまっていた時期でした。

大学にはアニメやゲームを愛する友達がたくさんいたので、おたがいに推しを語り、たまに作品を布教し合い、とても楽しいオタク生活を送っていました。そしてその友人のひとりにある日突然イヤホンを耳に突っ込まれ『ヒプノシスマイク』という作品を知ります。あの速水奨さんがラップをされていたことに、驚きのあまりひっくり返るかと思いました。
そのときはただ「速水奨さんがラップするヤバい作品」ということしか記憶に残りませんでしたが、山嵐が楽曲提供した「DEATH RESPECT」のリリースあたりから突然どハマりしました。そして、楽曲提供陣がヒップホップのジャンルで本当に活躍している方ばかり(サイプレス上野とロベルト吉野ラッパ我リヤなど、わたしでも名前を知っている方々を見つけたときはほんとうに衝撃でした)ということを知り、そのガチぶりにより楽曲を聴くのが楽しくなりました。
さらにヒプマイのライブは、アニメイベントの1ステージだった1stライブを除き、毎回楽曲提供をしたアーティストがゲストアクトとしてご出演されます。提供元のアーティストを知ることでより深く楽曲を知れるように感じ、次第にこれもライブを観に行く意味になっていました。

しかし、まだこのときは「ヒプノシスマイクが好き」というレベルで、ヒップホップ自体への興味は湧いていませんでした。その意識が変わったのが、2019年9月に開催された4thライブ2日目のゲストアクト、餓鬼レンジャーのライブです。

タコ神様ってなんや。

心の綺麗な人にしか見えない存在だそうです。そして正式メンバーです。

まさか本家ヒップホップ界隈から来られているゲストアーティストに、ここまで笑わせられるとは予想すらしていませんでした。あと、めちゃくちゃキャッチーで聴きやすく、初見でもすぐに楽しくノれたのも予想外でした。
ライブビューイングが終わってもタコ神様が気になって仕方なくなってしまい、すぐに餓鬼レンジャーのことをYouTubeで調べました。そこで手始めに観たのが「TACO DANCE」、そして同じくライブで披露された「ちょっとだけバカ」でした。

ここで、ようやくCreepy Nutsと再会します。
(ライブではポチョムキンさん・YOSHIさんのバースとフックしか歌われなかったので、そのときはまさかクリーピーとのコラボ曲とは気付きませんでした)

途端に過去の記憶がよみがえり、ここでようやくわたしはCreepy Nutsを認知しました。Rさんの口髭以外、想像していた姿とは似ても似つかないふたりに、最初は理解が追いつきませんでした。

このMVでもタコ神様の神秘的な(?)踊りは炸裂しています。しかし何度も聴くうちに、わたしはCreepy Nutsのほうに興味が移っていきました。

思ってたんとちがう

ようやくCreepy Nutsに興味を持ったわたしは、まずはYouTubeで彼らの公式チャンネルを検索し、上から順に片っ端から再生していくことにしました。一番上にあったのが、ライブでの定番曲でもある「合法的トビ方ノススメ」

このサムネイルを見て、再生せずにはいられませんでした。

「メジャーデビュー指南」に関しては、間違って違う動画押しちゃったかな?と思いました。初見では気づきませんでしたが、サムネイルで後ろにぼんやり映っている白い人は松永さんです。

ご覧のとおり、Creepy NutsはMVが毎回凝っていて、視覚的にもめちゃくちゃ楽しめます。松永さんの作るトラックも個性的ながらとてもキャッチーで(これはRさんのフロウ(節回し)の技術も大きいのですが)すっかりハマってしまったので、移動中にも聴きやすいようCDをレンタルすることにしました。

視覚なしのCD音源で聴いてみて、ここではじめて気づきます。
あれ… ラップなのに歌詞がめっちゃ聴き取れる…?

BPMが遅いわけでもないのに、Rさんの声質ととんでもない滑舌の良さのおかげで、ラップ詞も異様な聴きやすさで耳に飛び込んできました。なので、ラップをたいして聴き慣れていないわたしでも、歌詞カードがなくても大体歌詞がわかりました。歌詞がわかったので、どこで韻が踏まれているのか、どこに意味がかかっているのかが初心者のわたしでもよくわかりました。
そしてようやく、その歌詞のラップとしての緻密さに気づきます。Rさんはたびたび自身のラップを「話芸」とも形容されますが、その表現の通り、彼の詞には漫才や落語を楽しんでいるときのような面白さがありました。

ラップ、もしかしてめっちゃ面白いのでは?

『ヒプノシスマイク』は、今振り返ってみると、それまではラップを楽しむというよりもただの「キャラソン」として楽しんでしまっていました。それがCreepy Nutsの曲を聴いて、はじめて「ラップ」を楽しむということを身をもって知った感覚がありました。
そして、さらに知ったのがサンプリング。トラックのほうのサンプリングは知っていましたが、ラップにも同様に「過去の名作から歌詞を引用する」という技術があることを知ります。つまり、ラップは多くの楽曲や、それをサンプリングしている・されているMCの人となりを知れば知るほど楽しめる音楽なのです。これが沼の入り口でした。

また、どうやら松永さんがついこの前の8月にDJの世界大会・DMC World Finalで優勝、世界一のDJとなったということを聞き、さっそくその動画も視聴しました。世界大会の予選にもあたる、日本大会決勝のこの試合が好きすぎて何回も観ています。

ルーティン(DJプレイ)は何がどうなればよいとされるのか今でもよくわかっていませんが、松永さんの異常すぎる緻密な指さばきにはとにかく圧倒されました。人ってこんなに素早く正確に指先を動かせるんですね…

その頃、わたしが餓鬼レンジャーを知ったヒプマイ4thライブで発表された新ユニット・どついたれ本舗の楽曲が発表されました。なんと、提供はCreepy Nutsのふたりでした。曲を聴いてみると、期待通りの緻密な歌詞。さらにそれにヒプマイとどついたれ本舗の世界観が加わって、その圧倒的なクオリティに感動すらおぼえました。

どこでのインタビューだったかは失念してしまったのですが、この曲に関してのインタビューでRさんが「盧笙は簓と漫才してるときはあがり症が出ない、ってなったら俺が上がるなと思った」というようなことをお話しされていて、解釈一致…!と思ったのは鮮明に覚えています。

たりないふたり

Creepy Nutsが他のヒップホップアーティストと一線を画す理由のひとつに、その歌詞の内容があります。

まず、先ほどのMVのサムネイルからも見られる通り、ふたりの容姿はいかにも普通のお兄さんで、まったくいかつくありません。そしてふたりとも、イケてない生活を送ってこられたと様々なところでお話しされています。そのちょっと残念な様子は、インディーズ時代からの名曲「たりないふたり」を聴くとだいたいわかります。

「女の子が怖い」と歌うラッパーがいるなんて。
そして松永さんも、DMC World Finalの結果発表で司会者に「DJ NAKAMURA」と間違って呼ばれていました。どこから出てきた中村。そして世界一の場でそんなハプニングを引き寄せるって一体…

ここだけ切り取ってしまうとなんだかコミックソングのような間抜けさを感じられてしまうかもしれませんが、そう思った方はぜひ次に「トレンチコートマフィア」を聴いてください。

「たりない」からこそ溜め込んできたものを爆発させて進むような、攻撃的かつ前向きな歌詞です。なかでも特に、

美化されまくったヤンキー 漫画じゃ描かれなかった「迷惑かけられた側」
逃げる側 譲る側 笑われる側 負ける側 我慢する側 合わせる側
空気読む側 余る側 赤く染まるドブ川眺め黄昏たところで 誰もいない右側

こんなリリックを思いつくラッパーがいるのか。
むしろ「ラッパー」とはこの反対側の人たちばかりだと思っていたので、この瞬間、わたしのなかでの「ヒップホップ」への凝り固まった偏見ががらがらと崩れていきました。
わたし自身もどちらかといえば内向的な性格で、学校での人付き合いもスムーズにできたわけではないので、この歌詞が自分のことのように刺さりました。

素人目でもわかるラップやターンテーブルの技術のすごさはもとより、自分のコンプレックスをラップにして送り出してくれる彼らの曲を聴くことで、ある種のカタルシスを得ることができました。実際にこれは他の多くのファンの意見をみても、彼らの最大の魅力といえる点でした。

「イケてない」を越えた俺たちへ

しかし、「トレンチコートマフィア」が再録された『クリープ・ショー』に続くミニアルバム『よふかしのうた』では一転、ボースティング(ヒップホップの表現方法のひとつで、相手よりもいかに自分が優れているかを歌うこと)を取り入れた「生業」を発表します。

このライブバージョンが最高にかっこいい。

日本一のバトルMCを決めるUMBでも、三連覇を達成しているのは現在R-指定だけ。まさに日本一のラッパーのスキルを最大限に見せつけるようなこの曲に、彼のラッパーを「生業」とすることへの意地と自信が見えました。そしてそんな大切な曲に、これまでのクリーピーのキャッチーなメロディとは一転、"世界のトレンド"トラップ調のトラックをのせて「相手のホームに乗り込んで勝つ」ようなサウンドに仕上げた松永さんもにくいです。
その証明のように、この曲はテレビ番組『フリースタイルダンジョン』でラスボスを務めていたときのRさんの登場曲でもありました。

なんとなく彼らのスタンスの変化を感じていましたが、そんな今年6月に「新R25」で発表されたRさんのインタビュー。そこで、自分のコンプレックスとの向き合い方が変わったことをお話しされています。タイトルにもなっている「コンプレックスや不安を感じるなんて、傲慢っすよ」という言葉は、『たりないふたり』をリリースされた頃のRさんからはまず飛び出ることはなかった言葉ではないでしょうか。

わたしはこれを読んで、この心境の変化が「生業」のリリースにもつながっていたような気がしました。と同時に、コンプレックスを消化して次のステージへと向かっていった彼の姿に、「同じコンプレックスを持つもの同士でなぐさめ合う」以外の自分のコンプレックスとの向き合い方を教えてもらった気がしました。

そして、その後の8月末に発表されたのが、最新アルバム『かつて天才だった俺たちへ』。同名のリード曲は、このインタビューの内容を踏まえるとより歌詞が入ってくると思います。

かつて天才だった俺たちへ
神童だった貴方へ
何にだってなれたanother way
まだ諦めちゃいない
お前は未だに広がり続ける銀河
孫の代までずっとフレッシュマン
粗探しが得意なお国柄
シカトでかまそうぜ金輪際

あえてフック(サビ)以外を引用します。

これまで「イケてない」こと、どこか内向的で卑屈なことばかりを歌ってきたCreepy Nuts。『フリースタイルダンジョン』でRさんが初代モンスターとして圧倒的な強さを誇り、一般にその名前が知れ始めたときにも「未来予想図」という曲を発表し、その人気への不安を表現していたような人たちです。

そんな彼らの曲だからこそ、この前向きな歌詞が素直に受け入れられました。

いまではこの「かつて天才だった俺たちへ」は、転職活動中のわたしの一番の応援歌となっています。新卒のときもそうでしたが、正直就職活動はこれまでの自分と必死で向き合わないといけない、気が狂いそうな作業だと思います。一生懸命応募書類を作って面接の準備をしてもお見送りされてしまって、これまでの自分の人生すべてまで疑ってしまったり…
そんなときにこの曲を聴くと、「あのときああしていれば」と、わたしを否定するわたしの存在も含めて励ましてくれるような気がして、改めて前向きに、気長に頑張る気力がわいてきます。
彼らがひたすらネガティブだったところから、ネガティブを消化するところまでをわたしたちリスナーに見せてくれて、さらにそれを踏まえて伝えられるこの詞だからこそ、ここまで勇気がもらえるのです。

正統派のベンチウォーマー、毎回大逆転

いまや、Creepy Nutsの魅力はライブのステージ上だけにとどまりません。

ふたりとも芸人顔負けレベルにしゃべりが立つことから、CDはトークパートが入る「ラジオ盤」形態を発売、レギュラーラジオ『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0』も現在3年目。そこから生まれたイベント『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0「THE LIVE 2020」 ~改編突破 行くぜ HIP HOPPER~』は、ライブビューイングも含めチケット即完でした。配信ライブでは、ライブ本編に加えアフタートークのチケットが販売されたほど。さらに最近ではラジオも飛び出して、人気芸人・EXITと2組でテレビ番組のレギュラーを持つまでにもなってしまいました。

本業の方面では「かつて天才だった俺たちへ」で、念願だったミュージックステーションへの(単体)出演も達成。さらに11月には、初の武道館公演を控えています。無事開催されますように。
先行抽選、ぜんぶ申し込みましたがチケット全滅でした…

さらにRさん、『半沢直樹』枠の最新ドラマで俳優デビューされるそうです。Mummy-Dさん、般若さんなどの前例はありますが、まさかRさんもとは。

松永さんも動揺されています。R-指定と斉藤由貴の息子が妻夫木聡…???
(そういう松永さんも、単独でバラエティのレギュラーを2本、さらに純文学系の文芸誌「文學界」にエッセイ『ミックス・テープ』の連載をお持ちです。これがまあ面白い。おそろしい…)

ふたりの、様々なことに挑戦しつづけるチャレンジングな姿勢にはただただ感服するばかりです。

Creepy Nutsのふたりには、生まれ持った才能なんて不確定なものだけではなく、(少々人よりも大きい)ネガティブな思いをずっと胸に抱えながら、好きなものに向かってひたむきに努力することで積み上げてきた確かな実力があります。そしてそれを武器に、過去に僻んでいた側のようなイケイケのラッパー・DJを押しのけてついにNo.1の座を勝ち取るまでに至った、少年マンガのような泥臭いカッコよさがあります。
自らの生き様を示すことでメッセージを届ける、まさにヒップホップらしい方法で、彼らはわたしに夢にむかってもがき続ける勇気を分けてくれました。

いつかわたしも大逆転を起こせる。
その時がくることを夢見て、今日もがんばります。

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私の勝負曲

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