2022/04/05

 この頃は客の代わりに雨がよく降る。初夏を迎える間もなくのころ、雨がほとんどひっきりなしに降っていて、客足が少し遠のいていた。これまでも雨の日は何回かあったけれど、こういう日はあまり客が来ないことが多い。そうはいっても、平常時の八割程度は来るので暇がないかと言われればそういうわけでもない。しかし、雨の日はたいてい、ゆっくり本が読めるので僕にとっては少しばかりありがたい。強いて不平を漏らすならば、フロントの窓を全開にできないことが嫌だ。フロントも客室と同じくして、ほとんど密閉空間であるので窓が一つしかない。この窓には庇がなく、そのうえ横に滑らせる形の窓ではない。よくビルなどで目にする前後にすることで開くタイプの窓である。したがって、雨粒が何にも遮られずに室内へ直行することとなる。だから、雨粒が辛うじて室内を濡らさない絶妙な角度で窓を開いて過ごさなければならない。
 確かに窓を開かなければ、そもそも雨の心配などいらないはずであるけれど、八時間という長さを外気に触れぬよう過ごすのはえらく息苦しい。それにビルに隣接するストリップ劇場から絶えず聞こえてくる、蝉の死にかけのような音が僕には心地いいのである。隣接したストリップ劇場へは一度は足を運んでみたいと思うのだが、そもそもそういった文化に触れてこなかった僕にはハードルが高すぎる。代わりと言っては何だけれど、ストリップ劇場前にあるネオンの看板は黄色を基調に赤が点滅しており、どうやら赤色が点滅するときの「ジジジ…」という音がする。この音のおかげで、劇場内の寂れていても底抜けに明るいだろう雰囲気が想起されるのでどうしてもストリップを観賞しようとは思わない。とはいえ、僕自身はストリップ劇場が何たるかをさっぱり知らない。素肌を遮るものが何もない女性がポールダンスをしていそうだな、くらいのイメージは持っているけれど、どうやって酒を飲むのか、あるいはどんな気分で鑑賞するのかが全くもって分からない。
 夕方が過ぎたころだろうか。玄関先からケラケラと笑い声が聞こえてきた。監視カメラに目をやると、しとしとと降っていた雨が先ほどよりも激しく降り注いでいる。カメラのレンズには水滴がついてしまい、その水滴が客寄せの看板の灯りをプリズムのように乱反射させている。自動ドアが軋んだ音とともに開くと、おそらく片割れだけが傘を持った若い男女がホテルのなかへと入ってきた。彼ら彼女らのうち、彼の方は黄土色のYシャツが雨に濡れてまばらに変色している。彼女は彼の肩を特に鞄から取り出したハンドタオルでふき取っているようだ。
 彼らはパネルの前へ立つと、雨ひどかったね、とかどの部屋がいい、とかそんな会話を繰り広げていた。それから適当に部屋を選んで、フロント窓の前へやってくる。料金を支払い、鍵を受け取るとそのまま彼らはエレベーターの方向へと向かった。

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