2022/02/15
先週、胃腸炎になって死ぬかと思った。あんなに辛いものだとは知らなかった。
ラブホに訪れる親父たちは鼻息を大いに荒くしながら客室へと供給されていく。さながら狼のような鋭い目つきで金を叩き置き、鍵を受け取るので彼らはよっぽど潜在的な子孫の片割れを放出したいに違いない。マルサスが「食料は等差級数的に増加するが、人は等比級数的に増加する。しかし、人の性欲はなくならない。」と述べたように、どうやら人の性欲はいつになってもなくならないらしい。これで少子高齢化などと言われるのだから、どうやら空っぽなのは玉袋の方ではなく、懐の方らしい。
客室へと足を踏み入れた狼たちは、今か今かとデリヘル嬢たちを待つようだ。当のお嬢たちは軽やかな足取りとともに、部屋番号をフロントへ告げ、客室へと向かう。時に非常に魅惑的な香水の香りをフロント内へと残していくので、その姿を拝みたいと願うけれど、残念ながらその姿を拝むことは叶わない。フロント窓はお嬢たちの全貌を捉えるにはあまりに狭すぎる。監視カメラにも彼女らの姿は映るとはいえ、その姿はポリゴンのようになってしまうので、想像の種にさえならない。
お嬢たちはものの一時間前後で部屋を後にする。たいていは親父たちと一緒にだ。エレベーターを待っている間に恋人たち顔負けに彼らはよろしくやっていて、幸か不幸か、僕は初日からなかなか興味深いものが見られた。五十代ぐらいの白髪染めをしているだろう、細身の男性が今にも社交ダンスでも始めるかのように、お嬢の手を取り、エレベーター前まで彼女をエスコートしていた。男性は裸体に一枚のバスタオルを腰に巻き付け、あられもない姿ではあるものの、どうやらお嬢を見送るようだ。紳士たる精神までは脱ぐことができないということだろう。さて、彼はエレベーターがやってきて、その扉が開くと彼女の手を放してからそれが悠久の別れかのように彼女を抱き寄せる。彼女も彼の背中に手を当てて、彼との別れを惜しんでいる。その姿は銀幕のラブロマンスそのもので、かような素敵な関わり合いを持つことができるのだと、監視カメラ越しに感銘を受けた。それから間もなく、お嬢は彼から離れ、エレベーターへ乗り込んだ。振り向いて、最後の別れをしようとしたときのことである。既にエレベーターの扉は閉じようとしていて、扉が閉まるまでの刹那に彼は腰に巻いたタオルを自らの手ではだけさせたのである。幸運なことに、彼のそれは監視カメラの死角へ回り込んでいたので、僕にとっては毒にしかならぬそれを見ずに済んだ。しかし、仮に捉えていたとしたらやはりポリゴンのようになっていたのだろうか。
1階へと降りてきた以上は何事もなかったかのように、フロントへ「先に帰ります」と告げ、フロント内を共にする店長はケラケラと笑っていた。
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