2022/05/10

 このアルバイトをしていて、一つ後ろめたいことがあるとすれば、それは親へなんと伝えるべきかという一点に限られる。差し当たり、両親には大学受験予備校で働いていると伝えている。幸いにも、三年ほど前までそういうところでアルバイトをしていたので、嘘が辛うじてまかり通っているのだけれど、そろそろ潮時だろうか。というか、大学最後の年だからという仕様もない理由で、僕は髪を伸ばしていた。しかも、その髪の長さは間もなく肩へ達そうとしていたし、ツーブロックで髪を結ぶ姿はイカツイというより、不潔である。したがって、お袋や親父が不審がっても不思議なことはない。
 このバイトのことは、友人のほか姉にしか伝えていない。姉であれば、バイトのことを漏らす心配もない。それに、堅苦しい価値観がないので、話しても問題ない。両親が堅苦しいかどうかと問われれば、比してリベラルな方向へ傾いているとは言え、友人や姉と比べれば何らかの口出しをしてくるに違いない。ただ、食事のときに「明日はバイトか?」などと親父に尋ねられたとき、「そうそう、バイトの研修中なんだよ」などといらない嘘まで交えてその問いに答えたときには、流石に良心が傷ついたし、姉がニヤニヤしていたのが癪だった。
 とはいえ、バレるまでは言わなくていいかと腹を括っていたものの、つい先日、親父に似た人がホテルに来たとき言うことを決意した。親父は背丈があって、熊のような雰囲気はないけれど、見目だけで言えば熊のようである。その熊のような見目をした五十代の男性が来たとき、思わず親父かと思った。そのうえ、金を払うときに取り出した財布が親父のそれにえらく似ていたもんだから、ぎょっとしても可笑しくない。
 結局のところ、それが親父ではないことはあとで分かったけれども、よくよく考えると親父が来る可能性を否定できない。家族であっても秘密の一つや二つ、あるいは両手両足では治まらないほどあるものである。実際に僕がそうであるのだから、みなきっとそうだろう。というか、親父あるいは母親が来たって、知らぬふりをしていれば問題ないのだけれど、両親ともに来たときの方が居た堪れない。そうであるならば、望まぬ形で秘密が秘密でなくならないように、彼らの秘密を秘密足らんとすることに僕も積極的に貢献するべきである。

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