【演技と自己】『チョコレートコスモス』(演劇になじみのない方にもおすすめ)
『チョコレートコスモス』(恩田陸著)を読み、とても面白かったので、興奮冷めやらぬまま書いている。
この本の存在自体は以前から知っていたのだが、「演劇、お芝居にはなじみがないな」と思って読んでいなかった。しかし、ライバル関係を扱った小説が読みたくなって探したところ、本書が該当すると思われ、読み始めることとした。
実際には、ライバル関係を書いたお話、という印象はあまり受けなかった。もっと大きなもの、普遍的なものが描かれていて、演劇になじみのない私にも刺さるお話だった。
飛鳥と響子、演劇関係者たち
本書は初め、様々な人の視点からかわるがわる描かれる。
空手に打ち込んできたが、あるきっかけで演技の世界に興味を持ち、大学で初めて演劇を始めた不思議な少女飛鳥と、劇団の仲間たち。
芸能一家で育ち、高い評価を得ながらも、恵まれている者特有の悩みを持ち、迷う女優響子と、一緒に芝居をする役者たち。
脚本家の神谷や演出家の影山、経産省の役人だが芝居に詳しく影山を手伝う谷崎、伝説的な映画プロデューサーの芹澤。
初めはお話がどこへ向かうのか掴めないが、芹澤が行うオーディションにより、飛鳥と響子の運命が交錯していく。
演技と自己
飛鳥は、他人を完全に真似することができ、自然と完成度の高い演技ができるのだが、「自意識」というものがない。
「自意識」がないからこそ、完璧なトレースができるのかもしれない。
このことは、すんなりと理解できる気がした。私はいわゆる演技が苦手で、どうしても恥ずかしくなってしまうタイプだったが、結局、それは役に入り込めず、自己にばかり意識が向いているということだろう。
高校生のとき、現代文の授業で演劇論が扱われたことがあり、その中で、「泣く演技で、役者が何か自分に起こった悲しい出来事を思い出して泣くなら、それは本物ではない。その役に起こる出来事で泣かなければならない」というような内容があったことが記憶に残っている。
ただ、「自意識」がないのは苦しみの原因にもなるということに対しては、なるほどなと思った。たしかに、機械でなくて「その人」が演じることの意味は、その人の人間らしさにあるのだろう。
努力と才能
飛鳥も響子も悩みはあって、飛鳥が天才というだけでなく、客観的に見れば響子も天才であって。彼女たちを見ていると、努力と才能について考えさせられる。
自然と備わっているもの、その人にしかないもの、いわゆる才能は大切だし、素晴らしいものだが、それを生かすのは努力なのだろうと思う。
人の才能を羨むのではなく、自分の持っているものが最大限輝くように、一つ一つ積み重ねていきたいと感じた。プライド、虚栄心、エゴといったぐちゃぐちゃしたものも、その人らしさなのであり、自分とちょうど良い距離感を保っていきたいと思う。
演劇になじみがない方にもおすすめ
演劇になじみがない方にもおすすめである。恩田陸さんの小説はどれも面白くて好きだが、特に好きな一冊となった。
飛鳥の仲間、巽が言うように、「社会人ていうのは、いつも演技しなきゃならない」のだし、誰しも演技に無関係ではないはずだ。
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