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スウェーデン語におけるエスツェット

0 エスツェットって?

 いきなりですが ß ってご存じでしょうか?ドイツ語を勉強したことのある方にはお馴染みですね。「エスツェット」です。ギリシャ文字のベータ β と似ていますが別の文字なので注意してください。エスツェットは合字の一種で、エスツェットの名は長い s である ⟨ſ⟩ と 尾のある z である ⟨ʒ⟩ の結合 ⟨ſʒ⟩ に由来します。ただし、フォントとしては ⟨ſs⟩ に由来しているんじゃないかなと思います。ややこしいですね。

 さて、エスツェットはドイツ語にしか使われない(ただしスイスやリヒテンシュタインでは ss を用います)文字です。でもそれは現在のこと。昔の印刷物などでは他の言語でも使われることがありました。今日はそのスウェーデン語における例を紹介します!

1 スウェーデン語におけるエスツェット

 現在のスウェーデン語でエスツェットが使われることはありません。ですが昔は違います。Populär historia の記事 [1] によるとエスツェットは s を二つ重ねる場合に使われました。使用時期は、手書き文字としてはほぼ17世紀の間のみ、印刷の文字としては主に16世紀から18世紀の間だったようです。ここでドイツにおける活版印刷術の影響について触れておくべきでしょう。ヨハネス・グーテンベルクが15世紀に発明したとされる活版印刷術(遥か昔に中国で発明されていましたが)はその後の宗教改革において、それまで俗語であったドイツ語を用いたルター訳聖書の出版など、国語としてのドイツ語の地位を高めるのに大きな役割を果たしました。この影響はドイツ国外にもすぐ広がり、スウェーデンもその影響を受けた国の一つなのです。まあスウェーデン語でエスツェットが使われることがあったといっても、それはドイツの影響が大きいと思われます。

 ちなみにこの時代の印刷の文字はフラクトゥーアと呼ばれるものです。フラクトゥーアはドイツ文字・ひげ文字などとも呼ばれていまして、ドイツ語や数論などに馴染みのある方はよく見かけるんじゃないかなと思います。

 さてスウェーデンでは18世紀末からフラクトゥーアは現在もよく使われる antikva体(ふつうのローマ字書体) に置き換わっていったそうです。antikva体に置き換わってからはエスツェットの合字は用いられなくなりました。

2 実用例

 NT1526(1526年の新約聖書)や GVB (Gustav Vasas Bibel) から取り上げました。箇所はマタイによる福音書3章4節です。岩波文庫 [4] での訳を引用しておきます。

このヨハネは駱駝の毛の外套を着、腰のまわりに皮の腰衣をつけ、蝗と野蜜とがその食べ物であった。
(岩波, Mat3:4)

・NT1526 (一行目右端からがMat3:4です)

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慣れていない方の為に文字を下に示します。

Och Johãnes hadhe claͤdher aff Camele håår / och en laͤdhergiording om ſina laͤnder / hans maat war graͤßhoppor och wilhonogh / 
(NT1526, Mat3:4)

 お判りいただけたでしょうか。graͤßhoppor (現代語 gräshoppor = gräshoppa <バッタ> の複数形)にエスツェットが使われていますね!ちなみに Johanes の a の上にあるチルダのようなものはここでは n の省略を表わしています。 

 ちなみにこの画像は Projekt Runeberg の Thet Nyia Testamentit på Swensko ([2]) から取ってきています。ここでデジタル化されているのは1893年出版の本でそれだとおかしいじゃないかと思われる方もいらっしゃるでしょう。ですが、後書きに以下のような文章がある通り原本に忠実に作っているようなので、原本でもエスツェットが使われたのだと思います。

Föreligande upplaga af vår äldsta öfversättning af det Nya Testamentet är ett bokstafstroget aftryck --- ord för ord, rad för rad, sida för sida --- af originalupplagan, som trycktes i Stockholm år 1526 i det af Konung Gustaf den Förste samma år till reformationens tjänst upprättade tryckeriet.

・GVB

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GVBにおける該当箇所です。慣れていない方の為に文字を下に示します。

Men Johannes hadhe klaͤdhe aff Camelahåår / och en laͤdhergiording om ſina lender / Hans maat war graͤßhoppor och wilhannogh / 
(GVB, Mat3:4)

 まあNT1526とほとんど変わりませんね。現代語とも大して変わらないので簡単だと思います。

まとめ

☆ エスツェットはドイツ語で使われる文字 ß

☆ 昔はスウェーデン語でも使われることがあったよ

余談

 ちなみにエスツェットの大文字 が正式に導入されたのは割と最近だったりします。

参考文献

[1] Varför användes ß i svenska 1500-talsskrifter?

[2] Thet Nyia Testamentit på Swensko (NT1526)

[3] Biblia / Thet är / All then Helgha Scrifft / på Swensko (GVB)

[4] 塚本虎二訳 「新約聖書 福音書」 (岩波書店)

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