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還暦記念ジョージア滞在記3 タムナさんちのイースター準備に密着の巻

これは、2023年4月5月に東欧の国ジョージアに滞在した還暦おばばの旅行記です。日々の記録はTwitterで呟いてます。
https://twitter.com/lovekhinkali

自己紹介

「ジョージア美食研究家あき」こと小手森亜紀です。
東京都文京区で日本唯一のジョージア料理専門の料理教室を主宰しています。(2022年4月から拠点を札幌に移しています)

シルクロードで餃子が食べたくて会社を辞めたお話しはこちら。

ジョージア料理と私の出会いはこちら。

ジョージア正教のイースターを体験したい

頼りはジョージア人のタムナさん

今回のジョージア滞在の最大の目的は、ジョージア正教のイースターを一般のご家庭で体験することです。
その準備に間に合うようにと4月11日にジョージアの首都トビリシに到着しました。(イースター1週間前の聖枝祭には残念ながら間に合わず)

「聖枝祭」とは、イエス・キリストがイェルサレムに入城したことをお祝いする日。
聖書によると信者たちが手にしたシュロの葉を振ってイエス・キリストの入城を祝ったとされているが、ここジョージアでは柘植とネコヤナギの枝が使われる。

今回お世話になるのは2年前の滞在時にもお世話になったサクラトラベルのタムナさん。

私とタムナさん。はい、加工しました。だって彼女の方がうんと若いんだもん

タムナさんのことをいつも「ガイドさん」と簡単に紹介しているけれど、サクラトラベルという旅行会社の経営者。
サクラというネーミングからもわかるように日本語ガイドがセールスポイントの1つ。
彼女はジョージア語、英語、日本語、ロシア語と4か国語を操る語学の達人でもあります。
https://sakurageorgia.com/ja

彼女は3人の子供のお母さんでもあるので、多忙な毎日を送っています。本当だったらイースターの準備の買い物も早めにしてくてウズウズしていたと思うのですけど、私の到着を待って我慢していてくれました。
日本では普通のスーパーや食料品店に買い物に行くか、お正月の準備だったら市場の場外やアメ横、業務スーパー的な量が多くて割安なお店に行ってだいたいの買い物を済ませますよね。

卵や小麦粉、バターなどこの季節に大量に消費する食品の品質が残念ながらあまり安定していないのがここジョージア。
市場に足を運んで実際に粉を自分の目で見て買ったり、知人を通じて鶏の飼育状態のいい農家から卵を運んで来てもらったり、しぼりたての牛乳から自家製バターを作っている人に頼んだり、毎回品質を確認しながら買い物をするのがジョージアの主婦です。
カルフールなどの外資系スーパーに行けばある程度の品質のものがあるかもしれませんが、価格が高いし、やはり生産者が分からないと信用できないとタムナさんは言います。

しかもイースターの準備は基本手作り。

いくら時間があっても足りないんじゃないかと心配になります。

赤いゆで卵 წითელი კვერცხი の作り方


ジョージア正教では、イースターの卵はイースター直前の金曜日に赤く染めます。
この日はイエス・キリストが十字架にかけられた日だからです。
卵の赤い色はイエス・キリストが十字架で流した血だとする説、
マグダラのマリアがローマ皇帝に卵を献上しキリストの死と復活を告げた際、皇帝が「死んだ者が生き返るなどお前の持っている白い卵が赤くなるぐらいあり得ない」と言うとみるみる卵が赤くなったという奇蹟をもとにしているという説、どちらもきっとそうなんだろうなと思います。
しかし一方で卵を赤く染める儀式はキリスト教以前の太陽信仰の時代から存在したという説もあります。
卵は生命の誕生の象徴なのです。

卵を赤く染めるための染料はこの時期どこのスーパーでも簡単に手に入ります。

この時期どこのスーパーでも見かける
いろいろな色に染められる

赤だけでなくカラフルに染めたり模様をつけたりもできます。しかし、タムナさんのお宅では伝統にのっとり、エンドロ(茜の根)を使って染めます。

枝のようなものがエンドロ。枝ではなく木の根。
エンドロに着色料を加えた物も売っている

彼女曰く、着色料には何が入っているかわからない。口に入る可能性があるものだから昔ながらの安全な方法にこだわっていると言うのです。日本の食品衛生法のような規制があるのかないのか。そのあたりは未確認です。スーパーで売ってれば安全に違いないと盲目的に信じてしまうほど、日本の商品は一見安全性は高そうですが(実際の安全性はさておき)、ジョージアでは安全性が確認されていない物も多いので、安易に市販の物は使わないようにしているそうです。

エンドロを家に持ち帰ったら、まずは水でよく洗います。

洗ってゴミも取り除く

湿ったエンドロを低温のオーブンでよく乾かしておきます。
次にエンドロと水を一緒に火にかけて煮出します。ここで煮汁にお酢も加えておきます。ジョージアでお酢と言えばワインビネガー、ブドウが原料のお酢です。

使う卵はこちらです。

放し飼いの鶏の卵。殻が丈夫。
スーパーで売ってる卵と違い大きさバラバラ

大きさが不ぞろいなのは、信頼している生産者から直接新鮮な卵を買っているから。広い場所で自由に過ごしている鶏の卵は、美味しいだけでなく殻も丈夫なんだそうです。
ヒビが入ったり割れたりしないゆで卵を作る必要があるので、殻の強度はとても大切。
煮汁が濃い色になったら一旦冷ましてから生卵を鍋に入れ、固ゆでのゆで卵を作る要領で火にかけます。
手順はシンプルですが時間はかかります。

ゆであがった時には卵はしっかり染まっています。

卵はすぐに冷水で冷まします。

タムナさんは毎年50個ぐらいの赤い卵を作るため、1回の工程では全然数が足りません。
煮汁が冷めたら生卵を入れてまた火にかけるという手順を数回繰り返します。

何度も煮出すことでエンドロからどんどん色素が出てくるので、あとから作った卵の方が色が濃くなります。
友達や親戚も赤い卵を作るのであれば、エンドロの入った煮汁は次に作る人にあげて使ってもらいます。
タムナさんの場合は、自分が大量に作り、周囲の人に分けるそうです。

赤い卵作りはこれで終わりではありません。

食用油をつけたキッチンペーパーで軽く磨くと卵の表面はピカピカになります。

磨く前の赤い卵
食用油で拭きます。タムナさんが日本から持ち帰った唐辛子模様のお皿が可愛い。
ピカピカ卵の出来上がり

イースターの焼き菓子 パスカ

続いては大本命、パスカ作りに取り掛かります。
パスカというのはイースターの焼き菓子のことを言います。

私がタムナさんに教わった秘伝のレシピは小麦粉3.5キロの分量。
これでも十分多いんだけど、タムナさんは小麦粉を5キロに増量して作ります。
山のような小麦粉をまずはふるいにかけます。

なんと卵は22個!
22個の卵なんて1回に使ったことないでしょうとタムナさんは笑います。
卵を割る作業は小学生のナタリコもお手伝いします。

久しぶりに会ったナタリコは思春期の乙女。でもお手伝いはちゃんとします。

卵の割り方って国によって違うようで、ジョージアではナイフで割るのが一般的なんですって。

私は手元が狂って自分の手を切りそうで怖いな。
次にイーストを発酵させておきます。

牛乳、ドライイースト、少量の小麦粉と砂糖
暖かい場所にしばらく置くとブクブク

続いて、卵、砂糖をよく混ぜ、イーストと小麦粉も加えます。

小麦粉は少しずつ加えていきます。

生地を捏ねるのは一家の男の仕事とか

小麦粉が全部入ると生地が重くなり、ここは男子の出番。
18歳の次男ミホが生地を混ぜていきます。

これが
こうなる

数時間置き、ここまで膨らんだら

ガスを抜き再度置きます

次によく膨らんだら、バター、レモンの絞り汁、削ったレモンの皮、スパイスの香りが移ったブランデーなどを加えて混ぜます。

大量の溶かしバターを混ぜるので、一生混ざらないんじゃない?と思ってしまうのですが、根気強く力強くミホが混ぜるとやがて混ざっていきます。

サフラン、クローブ、ナツメグなどのスパイスをブランデーに数日漬け、濾して香りが移ったブランデーだけを生地に加える

バターが生地となじんだら、いよいよ作業は大詰め。
ここから1時間ぐらい生地を捏ねていくのです。
大変な重労働ですが、18歳のミホは疲れを知りません。
タムナさんが結婚した当初はこれはご主人の仕事。
その後長男から現在次男に引き継がれています。
力が無いとできないので、これは彼らにとってはある種男らしさの証。
ミホは進んで引き受けているだけでなく、お母さんから褒められたくて一所懸命なのです。
ジョージアの男はマッチョだけどいくつになってもデダ(お母さん)にメロメロ。私も一緒に「ミホ、かっこいい!男らしい!」と声援を送ります。
(後日ミホは「俺、アキさんからもかっこいいって言われた」と喜んでたそうです。可愛い、ジョージアの男です)

生地が十分に粘りを持ったらレーズンを混ぜて、型に入れていよいよオーブンで焼いていきます。
生地を混ぜて発酵させて焼けるようになるまで丸1日かかりました。
これは大仕事!
家族の協力無しにはできません。
ミホお疲れ様でした。

ミホは大学1年生

焼き上げに使うのは円筒形の金属の型。
市販の型も売っていますが、タムナさんは粉ミルクが入っていた缶がお気に入りで、長年使いこんでいます。缶の底には油を染み込ませた紙を敷いてあります。手に油を塗って生地を取り、だいたい型の1/3ぐらいの高さまで生地を入れます。

市場で売られている市販の金属の型
紙の型

紙の型は、人にプレゼントするような時には見栄えが良いのだけど、紙の味がパスカにつくからとタムナさんは使いません。
型に入れたらマツォーニ(ジョージアのヨーグルト)と卵黄を混ぜたものを艶出しのために塗り、オーブンに入れます。
焼き時間は160℃で1時間20分ぐらいです。
一旦オーブンに入れたら焼きあがるまで決して扉は開けません。
焼いて取り出し、また次の生地を焼いてという作業を何度も繰り返すのです。
私は午前2時まで見学させていただきましたが、きっとタムナさんはほぼ徹夜だったんじゃないでしょうか。

イースター前日の朝にはたくさんのパスカが焼きあがっていました。

タムナさん、お疲れ様です。

もう1つのパスカ~カッテージチーズのパスカ

Facebookでジョージアのイースターの投稿を見ていると「カッテージチーズのパスカ」という投稿がいくつか目につきます。
カッテージチーズのパスカ?
それは一体なんなのか?
タムナさんに「カッテージチーズのパスカも作ってほしいのよー」とおねだりしたら、ご近所に住む幼馴染のエカさんが作ってくれることになりました。
エカさんのレシピではさくらんぼが必要なのですが、時は4月。さくらんぼの季節にはまだまだです。
タムナさんとエカさんの奥様ネットワークを駆使して、去年のさくらんぼを冷凍して持っている方を見つけ出し、無事に材料もそろいました。

貴重な季節外れのさくらんぼ
さくらんぼの種を抜く道具

まずはさくらんぼを赤ワインと砂糖で煮て、コーンスターチでとろみをつけて冷ましておきます。

生クリーム、砂糖、泡立てた卵などを合わせて加熱したクリームに裏ごししたカッテージチーズ、サワークリーム、バターも加えてよく冷ましておきます。
型は上下が空いていて上下さかさまにした状態でガーゼを入れ、型の下から冷ましておいたものを詰めておき、途中、まんなかあたりにさくらんぼのワイン煮を入れます。
上下さかさまのまま一晩置いて、水分を抜くとできあがりです。

専用の型
ガーゼのような布を型の内側に
できあがり。さくらんぼの煮汁が染み出ているのはご愛嬌
こちらもカッテージチーズのパスカ。
タムナさんの義理のお姉さんのお手製

タムナさんにとってのイースターの意味


赤い卵もパスカも、出来上がってももちろんすぐに食べることはできません。タムナさんは味見もしません。イースターまで我慢してイースターに食べるから嬉しいと言います。

タムナさんは敬虔な信者なので、もちろん宗教的な意味でイースターはとてもおめでたくて、毎年待ちわびているイベントなのは間違いありません。
それにしたって、会社を経営し、家事も子供たちの送迎も全部ひとりでこなしている彼女がなぜ睡眠時間を削ってまで50個の赤い卵を作ったり、10個も20個もパスカを焼く必要があるのでしょうか。(おまけに今ご主人が飲酒運転で免停中なので、ご主人に送迎を頼めない、さすがジョージアの男)

だってトビリシの街には赤い卵も焼きあがったパスカも文字通り山のように売っているのです。

タムナさんのお宅の台所で一緒にパスカの焼き上がりを待っていると、「こういうにおいが私は好きなの」とタムナさんが言います。
「毎年、こうやってイースターの準備をしている時のこの時間とにおいが好きなの。今年もまた同じようにこの季節を迎えられたなーって感じて幸せなの」
私はふと、自分の家のおせち料理のしたくを思い出しました。
子供たちも夫も私が用意する黒豆や紅白なますには目もくれず、お取り寄せの「ワインに合う洋風おせち」なんかに夢中です。
それでも私は忙しい合間を縫って、ささやかにおせちの支度をせずにはいられません。夜の台所で乾燥した黒豆を煮汁に初めて浸すとき、「今年もいよいよ年の瀬だな」と感じます。
紅白なますの甘酸っぱいかおりで母と一緒におせちの準備をした記憶がよみがえるのです。

「昔、おかあさんがしてくれたことを、自分が今年も家族のためにできたってことが嬉しいんだよね。同じようにこの季節が迎えられたことが嬉しいんだよね」

私がそう言うとタムナさんはうっすらと目に涙を浮かべながらうなづきます。
私も思わず涙ぐんでしまいました。

イースターってまるで日本のお正月みたい。
次回、タムナさんのご親族と一緒にイースターを迎えた私は、まるで日本のお正月どころか、「盆と正月が一緒に来たような行事」であることを実感するのであります。


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