コスメとカツラの認知的非対称性とその是正策について

化粧は女性に最も広く普及しているものの一つだ。

「化粧するのが当たり前,スッピンでは外出できない !」
などとよく耳にする。化粧の前後で、およそ同一人物
に見えぬ者にも間々遭遇する。

目の大きさや間隔まで変えて見せる化粧の効果は整形
並みで、違いはもはや “可逆性の有無” だけだ。
整形メイクに幻惑され、スッピン顔に幻滅した経験を
持つ男性諸氏も多かろう。

しかし、厚化粧でもない限り、おしなべて化粧に揶揄
の声はない。極めて欺瞞的であり、時に詐欺的所業と
さえいえる化粧は、なぜネガティブなイメージを随伴
しないのか先ず考察したい。

化粧は、美を得る・増す・保つの時系列で遷移するが
初期ほどポジティブな情動の発露として捉えられる。

美に目覚めた極一部のイノベーター達は、化粧する
ことで「オシャレさんね」などと周囲の大人から
評され、本人も得意満面だったりする。そして
妙齢を迎える頃には誰もが化粧するようになる。

化粧は、生まれつき顔にアザがあろうと、加齢により
シミが増えようと、あらゆる女性達を見た目の呪縛
から解放する、という比類なきメリットを有する。

以上より、化粧は正のストローク(※)を起点に帯し、
大衆化し、何物にも代え難い実利をもたらすが故に、
ネガティブさの払拭に成功している, と論断できよう。

一方、カツラ (男性用) はどうか。言わずもがな、
揶揄の的だ。時にタブー視さえされる(女性の
ウィッグは化粧の延長線上に捉えられるため、
さほど抵抗感は持たれない)。この化粧との
イメージの非対称性について次に考察する。

カツラのネガティブイメージの生起は、男性一般が
美意識につき晩熟であることが遠因となっている。

たとえ薄毛が気になり始めても, 余程の危局を迎えぬ
限りカツラ利用に至らない。中には自毛に執着する
余りバーコード頭を具する輩まで現れる始末である。
美しいどころか見苦しい限りだ。

遅ればせながら、辛うじて美に目覚めた極一部のイノ
ベーター達が人目を憚り, やおらカツラに手を伸ばす。

出発点がこれなのでネガティブさは炸裂し、
キャズム(※)にはまりマイノリティー化し、
他の寡髪万夫は悶々としながら
― 或いはまた、諦念を携えつつ ―
終生薄毛を放置し、今際(いまわ)を迎えるのである。

そこで、
この無慈悲なる非対称性を是正すべく提案したい。

すべからく男らは一(いつ)になりてのカツラ着を心得
(こころう)べし
、と。少しでも薄くなったら即装着。
恐れるに及ばず、ペペペ(※)と速やかに着用せよ。

赤信号よろしく「ハゲカツラ、みんなで被れば
怖くない」のだ。若者の被り初 (ぞ) めの折には
「オシャ中(※)だね」等、周囲の賛辞は不可欠だ。

カツラはやがて毎年トレンドがテレビ, 雑誌, ネット等
で賑々しく報じられるに及び、品質が高いと日本製
カツラが中国人に爆買いされ、ついには電車内での
脱着がマナー違反か否か世間で大論争となる日が
訪れるやもしれない。

いずれにせよカツラは、遺伝的・生得的な薄毛で
あろうと、事故・病気・老化で脱毛しようと、
あらゆる男性達を見た目の呪縛から解放しよう。

「装着するのが当たり前, 装着なしでは外出できん!」
と喝破できる社会こそ理想ではないか。

否、元より 禿同(※) を求む了見なぞ 毛頭 ない。

賛するか否かは、(ドォーン : 効果音)  貴殿次第である。

なお, 最後に念のため, 筆者はハゲではなく, カツラ屋の
利害関係者でもなき旨、改めて申し添えておく。

ストローク:周囲から自分に向けられる認知、関心。
      交流分析における術語。
キャズム:普及過程での初期市場とメインストリーム
     市場との境界線、溝。
ペペペ:正確には末尾のペ音が長音気味となる。
    “トレエン” でググられたし。
オシャ中:お洒落中毒の略。口調いかんでは侮蔑と
     なる為、言い方には細心の注意を要する。
     (参考画像
禿同:ハゲしく同意、という意のネットスラング。

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