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日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない #2

みなさんご無沙汰しております。地図ねこです。

これは「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない #1」の続きなので、まずは #1 からどうぞ。

ただ #1 は前置きだけで 4,000 字以上にまで到達してしまっており、慌ただしい現代社会を生きてヘトヘトに疲れているという読者諸賢には、 #1 を飛ばして #2 から読んでいただいても構わない。



…………いいですね?

それでは、始めよう。


なぜ猿ヶ森砂丘は「日本最大」となったか?

さて、ここからが本稿の本論、猿ヶ森砂丘についての話となる。

まずはこの砂丘がどのような砂丘であるか、そしていかにして不釣り合いな名誉を一方的に与えられるに至ったのか、そんなことについて確認していきたい。

猿ヶ森砂丘とはどのような砂丘か?

以下に猿ヶ森砂丘のある下北半島太平洋側の地形図を示す。

地形図①:猿ヶ森砂丘周辺(地理院地図により作成)

丸で囲われている辺りが猿ヶ森砂丘である。

後背にある山地との境界が分かりにくいのは、猿ヶ森砂丘が山地に砂が吹き寄せられて形成された砂丘だからである。

この「どこからが砂丘かが分かりづらく、また明確な頂点も持たない」という猿ヶ森砂丘の特徴が、後々まで後を引く問題となるのだが、まずはそのまま話を進める。


猿ヶ森砂丘は普通に考えれば「日本最大」とはならない

ところで、 #1 では「日本における海岸砂丘は、特に日本海側においてよく発達する」と書いた。

猿ヶ森砂丘は太平洋側の砂丘である。

実は、同じ青森県内の日本海側、津軽半島においても、屏風山砂丘という砂丘が見られる。

以下に、屏風山砂丘のある津軽半島日本海側の地形図を示す。

地形図②:屏風山砂丘周辺(地理院地図により作成)

丸で囲われている辺りが屏風山砂丘である。

一転してこちらはかなり南北に伸びる丘状の地形が分かりやすい。

より細かく見ると、砂丘列は東西に(=卓越風と並行に)伸びているのがわかるが、これは縦列砂丘といって、屏風山砂丘が幅の広い砂丘であるために見られる、日本では他に類を見ない地形である(注8)。


さて、なぜここで突然屏風山砂丘の話を始めたか。

実は、地形図①と②は、縮尺がまったく同じである。

猿ヶ森砂丘と屏風山砂丘、どちらの砂丘の方が大きいだろうか?

一見しただけでも、その答えは明らかではないだろうか?


ただ視覚に訴えるのみでは説得力に欠けるため、具体的な数字を用いることにしよう。

猿ヶ森砂丘は長さ約 17 km 、幅約 2 km とされることが多い(注9)。

一方で屏風山砂丘は、長さ約 30 km 、幅約 4 km とする文献が存在する(注10)。

もちろんこれは最大値であるため、これによる面積の単純な比較はできないが、それでもどちらの砂丘の方が大きいという可能性が高いと考えられるだろうか?


また、日本で見られる大規模な砂丘は何もこの 2 つだけではない。

#1 で例に挙げた新潟砂丘や庄内砂丘も、非常に大規模な砂丘である。

読者諸賢には、ぜひとも自分で地理院地図などを用いて規模を比較してみていただきたい(注11)。

少なくとも、「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘である」という結論には至らないはずである(注12)。


  • 注8:さらに詳しく説明するならば、もともと横列であった砂丘が、植生によって固定されたのち部分的に破壊されたためにパラボラ状になり、さらに変形して縦列になった……と説明される。日本ではそもそもこういった二次元的な砂丘の変形ができるほどのまとまった広さを持つ砂地自体が稀である。

  • 注9:例えば下北ジオパークのページなど。

  • 注10:例えば日本の地形千景のページなど。

  • 注11:地理院地図のリンクはこちら

  • 注12:ちなみに、鳥取砂丘のことを「日本で2番目の大きさの砂丘」であったりとか、「観光可能な日本最大の砂丘」であったりとする記述がしばしば見られるが、これに関しては何の根拠もないデタラメである。面倒臭いのでここでは鳥取砂丘の具体的な「大きさ」についての議論はしないが、インターネット上にある「鳥取砂丘の面積」とは観光地化されている浜坂砂丘の一部のみの面積であることが多く、過小評価されている。ただ、本来砂丘地である鳥取空港のあたりまで面積を広く見積もったとしても、あくまで面積だけで比較するならば猿ヶ森砂丘よりも狭いようである。なお、「観光可能な」の文言については、おそらく猿ヶ森砂丘が一般人立ち入り禁止となっているのが念頭に置かれているものだと考えられるが、やろうと思えば屏風山砂丘とかだって観光は可能だし、なんなら筆者は新潟砂丘を観光したことがある(このページの最初の写真はその時に撮った写真)。敢えて書くとするなら「観光地化されている中では日本最大級の砂丘」とかにすべきではないだろうか。まあ客寄せのためには少々インパクト不足なのかもしれないが。


猿ヶ森砂丘を「日本最大」とする根拠

それでは、なぜ猿ヶ森砂丘は「日本最大の砂丘」と言われるようになったのか?

調べられる限りでは、おそらく 2000 年代中頃にとあるサイトで「東通村の海岸砂地面積は約 15,000 ha あり、その多くの面積を占めている猿ヶ森砂丘(を含む東通村太平洋岸の砂丘)が1かたまりの砂丘としては面積日本最大であると考えられる」と書かれたことが全ての発端であるようだ。

これ以外の「猿ヶ森砂丘の面積は約 1,5000 ha で〜」などと書かれているインターネット上の記事については、日本語版 Wikipedia の過去の版も含めて明確な根拠を確認することができなかった。

そのため、これ以降は「猿ヶ森砂丘が日本最大の砂丘である」とする根拠は東通村の海岸砂地面積が約 1,5000 ha であること、として話を進める。


ただ、前述のように猿ヶ森砂丘を長さ約 17 km 、幅約 2 km とするならば、面積を約 1,5000 ha = 150 km^2 であるとするのはあまりに過大評価である。

なぜ、このようなことが起こってしまったのか。そもそも、「海岸砂地」とはどこのことを指すのか。

次節では、そのようなことについて論を進めていきたい。


……というわけで、少々このページの分量も多くなりすぎてしまったので、今回はここまでとする。

note にしてはやけに長い本稿も、ようやくここで折り返しとなる。

ここまでお付き合いいただいた読者諸賢については、もう半分の辛抱であるので、甘いものでも食べつつ、 #3 へとお進みいただきたい。


地図ねこ



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