見出し画像

日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない #3

お元気ですか?地図ねこです。

これは「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない #1」「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘ではない #2」の続きなので、まずは #1 および #2 からどうぞ。

ちなみに、この #3 は今回筆者が無駄に一番時間をかけた部分にあたるので、少しでも多くの読者に目を通していただければ筆者の労力もうかばれるというものである。



…………無駄話はここまで。

それでは、始めよう。


砂丘の規模を「海岸砂地面積」で比較するのは適切か?

#2 の最後に、「『猿ヶ森砂丘が日本最大の砂丘である』とする根拠は東通村の海岸砂地面積が約 1,5000 ha であること」と書いた。

ただ、 #2 でも確認した通り、実際の猿ヶ森砂丘を見る限りでは、とてもそれほどの面積を持つ日本最大の砂丘であるようには見えない。

この不一致は、砂丘の規模の比較に「海岸砂地面積」を持ち出すことがそもそも不適切であるために発生したものだ、と言うことができる。

以下、砂丘の規模の比較に「海岸砂地面積」を持ち出すことが不適切である理由について述べる。


そもそも「面積」で比較するな

まずそもそも、砂丘の規模を「面積」で比較すること自体が不適切である。

#1 で筆者が何を書いたか、(そもそも読んでいない読者もいるかもしれないが)ここで思い出していただきたい。

砂丘とは地形である。砂漠でも砂浜でもない。

砂丘とは、丘状の地形である。

丘状の地形の規模を比較するのに、はたして「面積」は有効な指標だろうか?

例えるならば、「日本最大の山地はどこか?」という問いに、面積のみで答えることがはたして適切だろうか?


また、もうひとつ重要な点として、大きさを比較するにはまず定義が必要である

だが、どこからが砂丘で、どこからが砂丘でないのかということを定義するのは、非常に難しい

#1 で筆者が何を書いたか、もう一度思い出していただきたい。

砂丘とは地形である。砂漠でも砂浜でもない。

砂丘とは、風によって形成される地形である。

ある砂地について、どこからが風によって堆積したもので、どこからが風によって堆積したものでないかを、明確に見分けることはできるだろうか?


事実、砂丘の「面積」を測った公式な統計は存在しないし、そのような統計を取る意義自体かなり薄い。

「日本最大の砂丘はどこか?」という問いに対して、砂丘の「面積」からアプローチするのは非常にナンセンスである。


砂丘と「海岸砂地」はイコールではない

さて、「日本最大の砂丘は猿ヶ森砂丘である」という言説は、「東通村の海岸砂地面積」をもとにしていることから、砂丘の定義に「海岸砂地」を用いているものと考えられる。

だが、砂丘の定義に「海岸砂地」を用いるのは不適切である。

くどいようだが、再び繰り返す。

砂丘とは地形である。砂漠でも砂浜でもない。

そして、「海岸砂地」でもない


そもそも「海岸砂地」とは、昭和 28 年に出された「海岸砂地地帯農業振興臨時措置法」によって定められた土地のことである。

その条文には、以下のような文言がある。

第二条 農林大臣は、海岸砂地地帯農業振興対策審議会の意見を聞いて、潮風又は潮流に因つてたい積された砂土におおわれているために、土砂の飛散又は移動がはなはだしいか又は農業生産力が著しく劣つている土地が集団的に存在する都道府県の区域の一部を海岸砂地地帯として指定する。

「海岸砂地地帯農業振興関連法規集」より

また、昭和28年に行われた第一回審議会では、海岸砂地地帯の指定基準について以下のような文言が見られる。

(1) 潮風又は潮流に因つてたい積された砂土におおわれている土地の連続集団する地域であつて、当該地域内における宅地、工業用地、交通要地、公園、基地、内陸水域、塩田、鉱泉地、雑用地、(魚干場、網干場、船揚場を除く。)等を除き、土性が概ね砂土に属する不毛地、(裸地の外、草地、魚干場、網干場、船揚場を含み、又これらの中に部分的に他の土性の下層土の露出する地を含む。)、林地及び耕地の合計面積が概ね 100 町歩以上存在し、且つ、 (2) の条件を充足すること。
(2) (1)に該当する地域内において、海岸防災林造成、(集団地概ね 10 町歩以上。)、開墾地(集団地概ね 10 町歩以上。)及び土地改良(集団地 20 町歩以上。)等の事業を必要とする面積が、合計して 50 町歩以上存在すること。

「海岸砂地地帯農業振興関連法規集」より

つまり、条文に「砂丘」とは一言も書かれておらず、そもそも「海岸砂地地帯」とは農業や防災の都合によって定められたものであり、着目しているのはあくまでその土地の土壌や土地利用であってすべての地形学的要素ではないのだ。


ただし、一応は成因に着目した「潮風又は潮流に因つてたい積された砂土」という文言があったり(注13)、「土砂の飛散又は移動がはなはだしい」土地にはふつう砂丘が形成される(注14)ものであったりと、「海岸砂地地帯」と「砂丘」は類似した概念であると考えることもできる。

また、この法律が施行されたあと海岸砂地地帯では、技術革新によって「砂丘地農業(注15)」と呼ばれる農業形態が盛んになり、農業の世界では「海岸砂地」と「砂丘地」がほぼ同義語として扱われるようになってしまった。

某サイトの記述も、このような事情によってなされたものと考えることができる。


ただ、何度も繰り返すが、砂丘とは地形である。

決して「海岸砂地」ではない。


  • 注13:ただこれは本来なされるべき「砂丘」の定義とは一致しない。

  • 注14:#1 で述べたような言い方をすれば、このような土地では砕屑物(土砂)の浮流(飛散)や掃流(移動)がはなはだしいのであり、つまり風の地形形成作用が水の地形形成作用に卓越している。

  • 注15:例えばメロン栽培とか。


「海岸砂地面積」という統計の持つ問題点

このように、砂丘の規模を比較するうえで「面積」を用いるのも「海岸砂地」を用いるのも不適切であるのだが、実は「海岸砂地面積」という統計もかなりいい加減なものである。


これについては、実際のデータをご覧いただくのが最も手っ取り早いであろう。

まずは、以下に日本における海岸砂地面積の都道府県別のシェアを示す。

「海岸砂地地帯資料要覧」より作成

何かおかしいことに気が付かないだろうか。


以下ではさらに詳細に、北海道・東北の「海岸砂地地帯」として指定されている地区別(注16)の海岸砂地面積を表した図形表現図を示す(注17)。


「海岸砂地地帯資料要覧」より作成

やはり、何かがおかしい。


そう、青森県、特に下北半島の海岸砂地面積だけ、異様に広く算出されているのである。

この統計によれば、東通村や六ヶ所村の海岸砂地面積が、それ単体で北海道全体の海岸砂地面積よりも広いということになる。

このことは、下北半島の砂丘の面積がとても広いということを意味するものではない。

このことは、「海岸砂地面積」という統計のいい加減さを意味するものである。

なお、この違和感に気が付いたのは何も筆者が初めてではなく、かつては実際に疑義が投げかけられたこともあったようだが、その後に改めて同じ形式で統計が取り直されるようなことはなかったようである。


では、なぜこのようないい加減な統計が残されてしまったのか。

まず、この統計に示されている面積を「海岸砂地地帯」として指定しようとするならば、下北半島においてはどのように指定しても砂丘ではない山地を大きく含んでしまう。

これはつまり、 #2 で述べた「どこからが砂丘かが分かりづらく、また明確な頂点も持たない」という猿ヶ森砂丘の特徴が、どこまでが「海岸砂地地帯」であるかとする調査に混乱をもたらし、結果として山地を大きく含む範囲を「海岸砂地地帯」として指定してしまったからではないだろうか、と筆者は考える。

ただ、このとき指定された「海岸砂地地帯」の範囲を示すデータが、少なくとも筆者の調べでは見つからなかったために、これは筆者の勝手な想像の範囲を出ないものであるということを付け加えておく。

とはいえ、このいい加減な「海岸砂地面積」の数字を、「砂丘の面積」としてそのまま用いることの不適切性は明らかではないだろうか。


  • 注16:ここでの地区の最小単位は当時(つまり昭和の大合併直前)の市町村となっている。一応当時の市町村別の海岸砂地面積データもあるが、まとめるのが面倒臭いので規模感を揃えるため地区別のデータにしてある。ここから先は苦労話になるので別に読まなくともよいのだが、このデータを作成するために、まず国土数値情報の都道府県別行政区域データを QGIS 上ですべて結合させ、その後海岸砂地地区ごとに地物を結合させてそのすべてに海岸砂地面積を入力する、という骨の折れる作業を行っている。そもそもこのデータ自体が戦後すぐに調査された古文書のような手書きの元データ(このページの最初の写真はその一部)を Excel で手入力で打ち込んだものであるため、まとめるのにそこそこの労力がかかっている。この時代の統計、普通に計算ミスとかしてるの本当にやめてほしい。というか、これだけ骨を折ってまで証明したかったことが「『海岸砂地面積』という統計はかなりいい加減である」ということなのが非常にどうしようもない。

  • 注17:凡例に肝心の円の大きさについて書き忘れてしまった。東通村の海岸砂地面積が 15409.0 町 ~ 15281.7 ha であることからなんとかして想像していただきたい。そもそも、「ここでの具体的な数値に大した意味は無い」というのが本稿の主張であることを付記しておく。


今回はここまで。

次節が本稿の最後のページである。

ここまでお付き合いいただいた読者諸賢、もうしばらくの辛抱であるので、 #4 へとお進みいただきたい。


地図ねこ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?