見出し画像

【読書日記】『エトセトラ』9号:伊藤春奈(花束書房)特集編集「NO MORE女人禁制!」

伊藤春奈(花束書房)特集編集「NO MORE女人禁制!」『エトセトラ』2023年9号,エトセトラブックス,141p.,1,400円.
 
おそらく,エトセトラブックスの松尾さんが雑誌『文藝』を出している河出書房新社にいたことから,この雑誌でも「責任編集」という表現がとられていたが,前号から「特集編集」に変更された。単なる表記の問題のようにも思うが,個人的には「責任」という表現の強さが気になっていたので,フェミニスト雑誌としてはちょっとインパクトは薄れるが,この方がいいと思う。
さて,今回の編集長はこの雑誌でまさに「女人禁制」という連載を書いてきた伊藤春奈さんによるものです。過去にも紹介しましたが,伊藤さんは花束書房という出版社も主宰しており,と書きつつ,ここでいう出版社というのも私たちが思い浮かべる意味よりもおそらく広義であり,伊藤さんは場合によっては個人としてではなく,ある意味コレクティブ的な意味でこの名称を用いるのかもしれない。ともかく,女人禁制もこれまでの特集では個別具体的に語られてきた狭義のものだったが,本号ではさまざまな著者がさまざまな観点から女人禁制なるものを捉えることで,それは家父長制的な社会全般に当てはまるもので,フェミニスト雑誌にふさわしい特集であると同時に,地理学的にも興味深い。さらに言えば,昨今話題になっている「女性スペース」問題とも密接に関わり合う(実際に本号には女性専用車に関する論考もある)。
特集のはじめに:伊藤春奈
読者投稿:あなたが知っている「女人禁制」
〔天皇制〕「女人禁制」と天皇制:源 淳子
女人禁制「大峰山」への質問
〔寺〕インタビュー① 性的マイノリティも地元の人も誰もが入れる「みんなの寺」:性善寺・柴谷宗叙
〔寺〕インタビュー② 寺という場所から仏教やフェミニズムをちょっとずつ開く:ナモナ寺・野世阿弥
〔山〕「山の神」と「女芸人」に求められてきたもの:堀越英美
〔ラーメン〕ラーメンいちから作ってみたら自然と腕組みしちゃってた記:柚木麻子
〔古典文学〕「女人禁制」と『源氏物語』と出家,ついでに私:山崎ナオコーラ
能・卒都婆小町と私:はらだ有彩
〔落語〕インタビュー まっすぐ自分の声が出せるように:桂 二葉
〔祭り〕博多祇園山笠このホモソーシャルな世界:佐藤瑞枝
〔近代公娼制度〕〈女性の穢れ〉と近代公娼制度:林 葉子
〔部落〕「アナーカ部落フェミニストの会」設立への呼びかけ:山﨑那恵
〔キリスト教〕性への忌避――キリスト教の女性嫌悪・同性愛嫌悪をめぐる断想:堀江有里
〔モロッコの家父長制〕家父長制はマザコン生成装置なのか――現代モロッコの嫁姑問題から:鳥山純子
〔女性専用車両〕女性専用車両の存在は何を意味しているのか:牧野雅子
特集のおわりに:伊藤春奈
前まで,『エトセトラ』の紹介は特集以外も目次に書いていたし,各論考に対してかなり詳しく紹介・論じていたが,なかなかその労力もかかるものなので,そんなに力まずにいきたい。ともかく,連載当時から女人禁制をめぐる伊藤さんの議論は非常に考えさせられるものだったが,さらにその考えを深めさせられる特集だった。
伊藤さんが連載中に主に取り組んでいたのが,山と寺だ。どちらも宗教と関係する。宗教というのは,独自のルールがある社会であるともいえるので,女性やセクシュアリティといった人権に関わる問題は治外法権的だともいえるが,宗教自体が信者集団以外の社会の一部でもあるので,社会全体のルールを無視するわけにもいかないということで,遅ればせながら変化はしていく。ということで,そこに踏み込んで,女人禁制を続ける寺に質問状を投げたりするそのバイタリティに感服する。また,寺の中でもその状況を内部から変えようとする人がいることをしっかりと伝えてくれることも素晴らしい。キリスト教内で同性愛の権利を訴える人もいます。
連載の中には確か,相撲の土俵という話題もあったが,同じように女性の少ない落語界,男性中心の祭り,天皇制というテーマにも切り込む。そうかと思うと,女の園と思われがちな公娼制度や現代の女性専用車両も取り上げる。近代公娼制度を取り上げた論考は,女性専用車両が女性を犯罪被害から守るための手段であるのに対して,遊郭という場は決して女性にとって安全な場所ではないという議論を展開する。現代に至っても性交渉をめぐる問題は購入側であり加害側である男性の責任は問われない。性感染症についても然りである。女性専用車両に関する論考は,少し女人禁制というテーマからは離れる。しかし,女性専用車両が導入されてから20年経って,繰り広げられた議論やその効果などについて説得的に論じており,「女性専用車両の存在は,女性が優遇されていることではなく,この社会は女性が安全を保証されて当たり前に存在できるところではないことの表れに他ならないのだ。」(p.95)とまとめており,強く納得させられる。
私が今回の特集で一番印象深かったのが,山﨑那恵さんによる「「アナーカ部落フェミニストの会」設立への呼びかけ」という文章である。2022年は日本共産党設立100年ということだったが,全国水平社も創立100周年だったらしい。そして,2023年は婦人水平社の設立100周年なのだという。そんなことで,山﨑さんは今年,アナーカ部落フェミニスト宣言をしようというのだ。部落の問題に女性問題を重ね合わせたこの論考の議論をうまくまとめることなど私にはできないが,「アナーカ」とは「アナーキー=無政府主義」と通じる言葉のようだが,この文章では著者自身による明確な定義はなく,村上潔氏によるアナーカ・フェミニズムの定義が注釈で引用されている。アナーカの方が国家と資本主義に対して,フェミニズムは家父長制と性役割に対する抵抗運動だという。被差別部落という問題はまさに国家のあり方と国家が戸籍という手段によって家庭に付けた刻印だといえるという点において,山﨑さんの主張に大いに賛同したい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?