見出し画像

「やめなきゃだめだ」内田篤人が現役引退を決意した瞬間 #5 ウチダメンタル

日本を代表するプロサッカー選手として、一時代を築いた内田篤人さん。引退後、初めて発表した本が『ウチダメンタル 心の幹を太くする術』です。本書では、重圧やケガと長年向き合ってきた内田さんがこれまで実践してきた「メンタル統制メソッド」を初公開。仕事や勉強、人間関係など、日常生活にも役立つこと間違いありません。ファンはもちろん、そうでない方もぜひご覧ください!

*  *  *

これ以上ピッチにいてはいけない……


2020年8月12日、時間にして21時半ごろ……かな、僕は決めていた「引退」をチームに伝えた。文字通り、決めていた。

その日は、ルヴァンカップのグループステージで、清水エスパルスとの試合があった。
 
鹿島にとってはアウェイの(IAIスタジアム)日本平。僕にとっては地元だけど、それは引退とは関係ない。1か月ぶりの先発、シーズン2試合目の出場。腕にはキャプテンマークを巻いた。試合には3対2で勝ったけど、僕の気持ちは「やめなきゃだめだ」だった
 
プレーは後半68分まで。
 
前半はちょっと抑え気味に、後半、勝負をわけるラスト10分でしっかり戦えるように……そうなるといいな、と思いながら、その10分を迎えることなくピッチをあとにした。交代は、当然だった。
 
前半、体力を抑えたにもかかわらず後半に動けない。2失点目は後半の54分、僕のサイドからのクロスが起点になっていた。エスパルスの選手がスプリントしながらゴール前へ駆け上がる。そこに、ついていくだけのパワーは僕になかった
 
同点となるそのゴールを決められて、思わず膝に手をついた。
 

その4日前のこと。
 
リーグ戦の第9節。サガン鳥栖戦で久しぶりにベンチ入りを果たした僕は、ピッチで戦うチームメイトを見て、「果たして今の自分は、この強度で試合ができるのか?」と、感じていた。「できないかも」という思いを心の裏側に忍ばせながら。
 
残り10分を切ったときに、その思いは一層強くなった。
 
「俺、戦えるのか? このなかで?」
 
そうして迎えた清水エスパルスとの一戦で、「これ以上ピッチにいてはいけない」と悟った。
 
試合が終わり、シャワーを浴びてめいめいが、チームバスに移動していった。僕は一人別の方向へ歩き、スタッフの一人に伝えた。
 
「満さんに話がある。二人にしてくれない?」
 
その間に、アッキーにも電話した。これ、書いたよね?「今から、満さんにやめるって伝えるから。後始末よろしく」って。
 
そして満さんと会い、「契約解除をしてください。僕は、チームの助けになっていない」と、伝えた。

アントラーズは特別なチーム


満さんの反応を、ちゃんと覚えているわけじゃない。とにかく、「一日待ってそれでも考えが変わらなければ……」というようなことを言われた気がする。ただ、引退の気持ちは変わらない、と思ったことだけははっきりと覚えている。

これまでも満さんとは折を見て話をしてきた。特に、前年、ほとんど試合に出ることができず、まったくチームに貢献できていない僕は、契約交渉の席で「クビ、切ってもらって大丈夫ですから」と伝えていた。でも、鹿島は1年の契約延長をしてくれた。
 
自分がプレーしたいから、という理由だけでプロでいることはできない。いや、鹿島アントラーズの一員でいることはできない
 
鹿島アントラーズというチームは、僕にとって特別なチームだ。
 
何度も書いてきたように、カッコいいし、勝利にどん欲だ。シャルケに移籍が決まったときの試合が印象的だ。
 
すでに移籍が発表され、最後になるかもしれないホームでの一戦。僕はベンチで試合を見守っていた。戦況は良く、試合は大勝の雰囲気があった。

4対1、交代枠は残り一人。最後の試合だし、ドイツに旅立つ前に、お世話になったサポーターに雄姿を――みたいな出番があるかなーなんて、思ってチラチラ監督の方を見ていた。3連覇を果たした(オズワルド・)オリヴェイラだ。
 
アップをしていると交代選手が呼ばれた。僕じゃなかった
 
監督が目指したのは、顔見せの交代じゃなくて、試合に勝ち切るための交代。これが強いチームなんだよなあって、さみしさじゃなくて、すごみを感じた。
 
この勝利への執念みたいなものは、試合以外でもチーム内に溢れている。練習ももちろんそのひとつで、ピリッとした空気が常にあった。
 
だからこそ、僕はここにいちゃいけない、と思った。
 
空気、雰囲気、そういうものを作ってきたのはいつだって先輩たちの背中だった。
 
大岩(剛)さん、満男さん、マルキーニョス(マルコス・ゴメス・デ・アラウージョ)、柳沢(敦)さん……、勝つために必要な姿勢を試合だけじゃなく練習で示す。命を削る思いで、必死に戦う。
 
その先輩の立場である僕は、練習ですらセーブしなきゃいけない状態だった。ケガを言い訳にできない。できないんだから、やめなきゃいけない
 
僕の引退は、そういう「鹿島アントラーズ」の哲学のなかにあった。

◇  ◇  ◇

連載はこちら↓
ウチダメンタル


紙書籍はこちらから

電子書籍はこちらから


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!