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目的は金か、それとも…総務部長が活躍する、金融業界が舞台の痛快小説 #4 メガバンク絶体絶命

破綻の危機を乗り越え、総務部長に昇進した二瓶正平。副頭取の不倫スキャンダル、金融庁からの圧力、中国ファンドによる敵対的買収。真面目なだけが取り柄の男は、銀行、仲間、そして家族を守ることができるのか……。金融業界を舞台にした波多野聖さんのエンターテインメント小説、シリーズ第二弾となる『メガバンク絶体絶命――総務部長・二瓶正平』は、前作を超える痛快なストーリーで一気読み必至。ためしにその冒頭をご覧ください。

*  *  *

京都旅行は奮発した。

一流のホテルに泊まり、名の知れた割烹で京料理を食べた。ただし、咲子の往復の新幹線代については出張経費を流用した。

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(こんなに相性の良い女がいるのか――)

肌を合せてみて驚いた。ピタリと身体が吸いついて来る。

日頃の仕事ぶりが信じられない床上手ぶりを彼女は発揮した。

それからは毎週のようにラブホテルを利用するようになり、佐久間は十代の頃でもなかったほどの回数を一晩で重ね、弓川咲子の身体の虜になった。

十年経った今も変わらない。いや、それ以上に魅せられていた。咲子は妖艶さを増し、男を喜ばすテクニックにも磨きを掛けているのだ。年齢的に衰えの隠せない佐久間を何度も何度も奮い立たせる。

湯船にサンダルウッドを入れるなど、まるでオダリスク(高級娼婦)のような振る舞いだと佐久間は思った。

(女というものは不思議だ。いや、人間は不思議だというべきなのか。取り組む物事の違いでこれほど得手不得手があるとは……)

佐久間はそこで随分長い時間、湯船で待たされていることに気がついた。

浴室の扉を開けてみた。誰かと電話をしているようだった。そんな時、声を上げることは出来ない。

そっと扉を閉めて再び湯船に浸かる。

咲子はリビングから電話をしていた。

「分かりました。じゃあ……これから。全てそれで、約束通りにして頂けるんですね……分かりました。じゃあ……」

咲子は電話を切ると、服を脱いで浴室に入ってきた。

「ごめんね。母から電話だったの」

シャワーで身体を流しながら言う。

「そうか……じゃあ、仕方ないな」

咲子が湯船に入るとざっと湯が溢れた。

二人で抱き合い、ゆっくりと舌を絡め合った。

「ここで……いいかい?」

「ううん。今日はベッドでゆっくりしたい感じかな」

「……分かった」

互いの身体を洗いあった後、バスローブを羽織って寝室に向かった。

その時だった。

「あ、ごめん。母に言い忘れたことがあった。ちょっと電話するから先にベッドで待ってて」

そう言ってリビングに入っていったのだ。

佐久間は寝室のドアを開け、部屋の奥のダブルベッドの布団の中に身体を滑り込ませた。

眠気を感じ、うとうとし始めた時、サイレンの音で目が覚めた。ドアが開いて咲子が入って来た。何故だかきちんと服を着ている。

そこからの咲子の行動に佐久間は驚愕した。

突然、後ろ向きに倒れると、左の腕をベッドサイドの小卓の角に思いきり打ちつけたのだ。

「ウーッ」

「おい、大丈夫か?」

慌てて飛び起き、抱き起こそうとした。

「苦しい! 胸が苦しい!」

佐久間はブラウスの胸の部分を力いっぱいはだけようとした。その勢いでボタンが飛んだ。次の瞬間、咲子に蹴り飛ばされた。

「キャー、やめて、助けて――」

その言葉に頭の中が真っ白になった。

「ど、どうしたんだ?」

その時、玄関の扉が開き、人が入って来る音が聞こえた。

弓川咲子が叫んだ。

「ここです。 助けて! 殺される!」

寝室に入って来た警察官の姿を見て、佐久間は茫然と立ち尽くした。

ヘイジは、佐久間との接見を終えて出て来た弁護士に駆け寄った。弓川咲子をマンションまで送り届けた内山もヘイジの横にいる。

「いかがでした?」

弁護士の顔が曇った。

「女性の方が、佐久間さんに襲われ怪我をしたと訴え、被害届に署名しています。佐久間さんは今、警察に事情を説明していますが、あまりに言い分が違うので本日中の釈放は難しいですね」

ヘイジは驚いた。

弁護士は弓川咲子の主張を話した。

かつて直属の上司だった佐久間に突然誘われ、ホテルで食事をした後、自宅まで送って貰った。自宅に着くと中に入れてくれと迫られ、元上司として無下には出来ないと中に入れた……。

「ちょっと待って下さい。二人は長年愛人関係にあって彼女のマンションを密会場所に使っていたんですよ! そうですよね、内山さん?」

「その通りです。間違いありません!」

弁護士はそう言う二人を交互に見てから首を振った。

「それが、全く違うと言うんです」

佐久間は咲子の部屋に入ると、喉が渇いたとビールを要求した。飲んだらすぐに帰るというので仕方なく出した。すると突然、肉体関係を迫って来た。強姦の恐怖を感じたので、機転を利かせ、「言うことを聞きますから、先にシャワーを浴びて下さい」と浴室に入っている隙に警察に助けを求めた。その後、佐久間に襲われ怪我をしたが、間一髪のところで警察官に救われた……。

「なんですって」

ヘイジには納得できる話ではない。

「まずいんですよ。このままだと暴行傷害事件になる可能性があります。表沙汰にしないためには早めに示談に持って行く方が良いと思います」

明らかにこれは弓川咲子が仕掛けた罠だ。

(目的は一体なんだ? 金か?)

それ以外、考えられない。

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弁護士は冷静に続けた。

「ただ、女性の証言にも不自然なところがあるので、警察も被害届を受理して事件とするのには慎重なんです」

そこに内山が口をはさんだ。

「弓川さんの話は出鱈目だと、私が証言しましょうか?」

弁護士はため息を吐いた。

「ことの真実よりも、心配なのはマスコミに嗅ぎつけられての報道です。公にされたらまずいことになりますからね」

「それは大丈夫です。当行顧問の二階堂さんに、警察からの情報リークはないよう押えてもらい……」

そこまで言ったヘイジの頭にあの言葉が浮かんだ。

「TEFGには十二分に償って頂きます。そうでないと……後悔しますよ」

弓川咲子がマスコミに自ら接触する可能性がある。

弁護士に訊ねた。

「示談にするとして……副頭取が自由になるのはいつ頃可能なんでしょうか?」

弁護士は腕時計に目をやる。

「今日が土曜日……月曜日の朝一番で申請して、午後には大丈夫でしょう」

ヘイジは考えた。

(日銀考査が始まるのは火曜日からだ。間に合うな)

ヘイジは言った。

「では、佐久間副頭取にその旨をお伝え頂けますか。先生、これから弓川咲子のもとにご同行願えませんか? 被害届を取り下げるよう説得したいんです」

「分かりました。そうしましょう」

弁護士とクルマに乗り込んだヘイジは佐久間と弓川咲子のふたりに対して心の底から怒りが湧いてくるのを感じた。

日銀考査を直前に控えて尋常でない緊張と忙しさを行員たちが強いられている最中、副頭取の地位にある者が痴情のもつれから刑事事件を起こすなど言語道断だ。さらに、被害者である弓川咲子の挑発とも挑戦ともとれる不遜な態度は許すことが出来ないものだ。ヘイジは唇を嚙み締めていた。

(だが……ここは我慢だ。表沙汰には絶対に出来ない)

我慢という言葉をヘイジは頭の中でずっと繰り返していた。

内山の運転する役員専用車で根津のマンションに着いた。

「内山さん、クルマで待っていて下さい」

「承知しました」

ヘイジは弁護士とエレベーターで上がり、三〇二号室のインターホンを押した。

咲子は在宅していた。

「二瓶だ。弁護士の先生も一緒にいる。話をしたいんだが?」

二人が来るのを待っていたかのようにあっさりと中に招き入れた。

「警察の現場検証があって。片手では後片付けが大変で……」

ヘイジと弁護士はダイニングテーブルに弓川咲子と差し向かいに座った。

「大変だったね? 腕は痛むかい?」

その言葉を無視して、咲子は弁護士に向かって言った。

「被害届を取り下げ、示談にするには条件があります。よろしいでしょうか?」

反射的に弁護士は手帳とペンを取り出す。呆気に取られるヘイジをよそに、彼女はとうとうと述べ出した。

「副頭取に念書を書いて頂きたいんです。一週間以内に一億円の示談金を私の口座に振り込む、と。それを確認次第、被害届は取り下げます。もし、期限内に履行されない場合、被害届はそのままに。そして、マスコミにこの件をお話しさせて頂きます」

ヘイジは目を剥いた。驚愕と怒りが入り交じり、声が震えた。

「き、君は自分が言っていることが分かっているのか?」

上司に一瞥もくれず弓川咲子はペンを走らせる弁護士に向かってさらに言った。

「念書にはこう付け加えて頂きたいんです。示談成立後、“過去の関係”の清算に関して適宜当方との話し合いに誠実に応じる、と。応じない場合には全てをマスコミに告白します」

ベテラン弁護士はそこで顔を上げた。

「なるほど、これは完全に“裏の念書”ということですね。強姦未遂、そして暴行傷害事件を揉み潰す形を踏まえ、さらに佐久間副頭取との長年の愛人関係への報酬まで求めるという」

咲子は頷いた。

「そうです。警察で話すのは面倒だったから」

「まずは一億。そして、そこからさらに金を要求するということですね。しかしね、弓川さん。これは立派な恐喝になりますよ。こちらがあなたを訴えることも出来る」

弓川咲子は弁護士の言葉に不敵な笑みを浮かべて言った。

「どうぞ、ご自由に」

メガバンク副頭取のスキャンダルは決して表沙汰にできないだろうという読みから来る余裕の笑みだった。

ヘイジは人間というものが分からなくなってきた。

「部長。二週間ほどお休みを頂きますね。あ、有休使いますから」

その弓川咲子を睨みつけた。彼女はさらに冷たい口調で続けた。

「日銀考査で大変な時に、ごめんなさいね。二瓶部長」

全て計算ずくでこの女は行動した。完全にTEFGを罠に嵌めたのだとヘイジは思った。

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『メガバンク絶体絶命』波多野聖

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