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政治家、経営者、大学教授…成功者に多い「サイコ」な男たち #4 スピリチュアルズ

人間の行動はすべて、あなたの知らない無意識(スピリチュアル)が決定している……。これを聞いて、驚く人も多いでしょう。ベストセラー『言ってはいけない』や『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』などで知られる橘玲さんの近刊『スピリチュアルズ――「わたし」の謎』は、脳科学や心理学の最新知見をもとに、自分とは、社会とは、人類とは何かについて迫った意欲作。読みごたえたっぷりの本書から、一部をご紹介します。

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たいていの男は「サイコ」?

アスペが「共感力は高いがメンタライジング能力が低い」ひとたちだとするならば、サイコは「メンタライジング能力は高いが共感力が低い」ひとたちのことだ。そして共感力の顕著な性差から、サイコは男に多く女に少ない。

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サイコの割合はどのくらいなのだろうか。これは定義にもよるが、共感力が正規分布するとして、女同士では平均より1標準偏差共感力が低いと、「つめたい」とか「ひとの気持ちがわからない」と感じるとしよう。この場合、女性のおよそ15%が「共感力が低い」と見なされることになる。

そしてこれも推測だが、男女の共感力が1標準偏差離れているとすると、女は男の2人に1人を「つめたい」と感じる。この性差が2標準偏差なら、つき合った男の8割(5人のうち4人)に「わたしの気持ちをわかってくれない」と不満をもつだろう。これはきわめて大雑把な試算だが、実感に合う女性も多いのではないだろうか。

しかしそうなると、大半の男が、メンタライジング能力はあっても共感力の低いサイコになってしまうのではないか。まさにそのとおりで、ここでは「サイコは“障害”ではなく、男のごくふつうのパーソナリティ」だと主張したい。

テンプル・グランディンの物語からわかるように、アスペは高い共感力で他者とつながることができても、相手のこころを理解できないことで、きわめて困難な状況に置かれることになる。じゅうぶんに成熟し高い知能も常識もあるのに、なぜ泣いているのか、なぜ怒っているのか理解できない相手に対して、わたしたちはどう接していいのか戸惑うしかない。

それに対して、相手の気持ちを「感じる」ことができなくても、こころを「理解する」ことができるのなら、すくなくとも最低限の社会的なコミュニケーションは成立するだろう。

なぜ泣いているのか、怒っているのか理解できるなら、なぐさめるとか謝るなどの形式的な対応をとることができる。よく知らない相手なら、このような対応(口先だけのなぐさめや謝罪)を「自分の気持ちをわかってくれた」と誤解することもあるかもしれない。

極端に共感力が低くても、メンタライジング能力さえあれば、その場限りの(あるいは短期間の)人間関係なら問題なくこなせるのだ。

サイコパス=犯罪者ではない

男の場合、(先に述べたように)そもそも高い共感力をもつ進化的な理由がない。そのうえ、メンタライジング能力さえあれば社会(共同体)で生きていくこともできる。だがサイコの男が多い理由はこれだけではない。より重要なのは、「サイコは社会的・経済的に成功できる」らしいことだ。

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サイコパスの定義と検査手法を確立したのは犯罪心理学者のロバート・ヘアで、作家トマス・ハリスがハンニバル・レクターというきわめて高い知能をもつ猟奇殺人者を造形し、映画『羊たちの沈黙』が世界的に大ヒットしたことで、サイコパスは「異常犯罪者」と同義語になった。

その後、日常生活にもサイコパス的な人物(大半は男)が潜んでいるのではないかといわれるようになり、「隠れサイコパスさがし」がブームになった。

ドナルド・トランプは明らかにサイコパス傾向があるが、ビル・クリントン元大統領も「共感力が欠落し、有権者の気持ちを操ることだけに長けたサイコパス」といわれている。支配層――有力な政治家、高級官僚、大企業の役員、大学教授など――がサイコパス傾向の高い男によって占められていることが、現代社会がこれほど“邪悪”である理由だとされることもある。

しかしこれだと、社会にはものすごい数のハンニバル・レクターもどきが隠れていて、猟奇殺人が毎日のように起きていることになる(彼らはきわめて賢いので、犯罪はほとんど露見しないのだ)。これは明らかに荒唐無稽だが、なぜこんなことになるかというと、サイコパス=犯罪者との思い込みがあるからではないだろうか。

軍のトップは兵士を死地に赴かせる決断をしなくてはならないし、大企業のCEOは事業継続のために多くの従業員を解雇せざるを得ないかもしれない。こんなとき、兵士の生命や従業員の生活、彼らの家族の人生などを思い悩む共感力の高いリーダーがどれほど役に立つだろうか。

政治家や企業経営者など、重大な決断を迫られる組織のトップには、共感力の低いリーダーがふさわしいのだ。

現実には、男の半数あるいは8割程度が(共感力の低い)サイコだとしても、そのなかのごく一部だけがきわめて強い犯罪性をもつ「サイコパス」になる(イギリスの研究では人口の1%未満)。

ところが両者はよく似ているので、サイコパスの特徴を調べれば調べるほど、あなたの身近にその条件に(かなり)合致した「サイコ」が見つかることになるのだ。

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スピリチュアルズ――「わたし」の謎 橘玲

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