ショパン国際ピアノコンクール「世界2位」が決まった瞬間、僕が考えたこと #1 終止符のない人生
「日本でもっともチケットが取れないピアニスト」と言われる、若き天才・反田恭平さん。昨年、世界三大音楽コンクールのひとつ「ショパン国際ピアノコンクール」で2位入賞の快挙をなしとげ、世界的に脚光を浴びています。そんな反田さんの初の著書『終止符のない人生』が、この夏、ついに発売となりました。ファンの方はもちろん、音楽好きの方、自分の「好き」を仕事にしたい方にも読んでもらいたい本書、その一部をご紹介します。
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運命の結果発表が迫る中……
ファイナルの結果発表は、予定の時間よりも何時間も遅れた。結果発表が出た時間は、夜中の2時か3時になっていた。たった数時間前まで、祭りのように盛り上がっていたホールがシーンと静まり返っている。薄暗い照明が照らすホールの中で、ファイナリストたちは粛々と結果発表を待っていた。
ファイナル出場を決めるまで厳しい予選を勝ち抜いてきた猛者たちであり、いつまでショパンコンクールという時間を過ごせるのか分からない不安定な精神状態のまま、今この結果発表という瞬間まできたのだ。話さずとも皆、戦友のように国境を超えて仲良くなっていた。
順位が発表されれば、このコンクールの時間をともにした彼ら彼女らと別れることになる。そして、ようやくショパン以外の曲を自由に弾ける解放感もある。感慨深く、さまざまな思いが詰まった時間だった。
待ち時間が延びるにつれ、皆がぐったりしてきた。マジックを披露して、場を盛り上げてくれるピアニストがいた。何と表現したら良いかわからないこの時間を共有することで、労いの行動としてお互い肩揉みが始まった。
僕が幼なじみの小林愛実さんの肩揉みをしてあげると、イタリアのアレクサンダー・ガジェヴが僕の肩揉みをしてくれる。肩揉みの輪で12人のファイナリスト全員がつながった瞬間、心が一つになった気がした。この束の間の時間は緊張を緩和してくれる素敵な瞬間だった。
そして、とうとう結果発表のときがやってきた。階段を降りて、メディアのカメラマンや記者が待っているところへ歩み寄っていく。ただ階段を降りているだけなのに「ヒューヒュー!」と指笛や歓声が鳴り響き、「ブラボー!」と叫ぶ人もいる。まるでレッドカーペットを歩くハリウッドスターのような扱いだった。
12人のファイナリストの中で、8人の受賞者がいると聞いた。ポーランド語はロシア語と似た言語だから、だいたいは聞き取れる。
床が堅い大理石であるせいか、マイクの反響がすごくてアナウンスの声がうまく聴き取れない。発表する人がずいぶん緊張していたらしい。ポーランド語のあとに英語でアナウンスするはずなのに、英語でしゃべるのを途中から忘れていた。発表者の緊張が僕にも伝播してくる。
僕の選択は間違っていなかった
第6位から結果発表が始まる。4位が2人おり、「Aimi Kobayashi」と小林愛実さんの名前が呼ばれた。「おめでとう!」と声をかけ、握手とハグで祝福した。
イタリアのアレクサンダー・ガジェヴが、第2位だとアナウンスされた。このとき、入賞を逃したのだ、とわずかな時間で悟った。この結果発表を終えてどのような顔をして仲間に会うのだろうか、応援してくれているお客さんにはどう伝えるべきなのか。出発前に想像した事態に直面するかもしれない恐怖と、ファイナルまでこれたことに素直に喜ぶ二つの感情が複雑に交錯していた。
そして次の瞬間、
「“Kohei” Sorita」
と、ちょっとなまった発音で僕の名前が呼ばれた。「Kohei」という人が12人のうちにいないのは頭では理解している。しかし、自分がショパンコンクールで何位になったのかもわからない。ワケがわからず、動揺して目が泳いだ。
すかさず隣にいた4位のヤクブ・クシリック、6位のJJ ジュン・リ・ブイが「Kyohei、おめでとう! 君は2位だよ!」と教えてくれた。第8回大会(1970年)の内田光子さん以来、実に51年ぶりに日本人としてショパンコンクールの2位に入賞した。
僕の選択は間違っていなかった。今まで孤独に苛まれ、虚無感に襲われる日が何度あっただろうか。予備予選会場に向かうタクシーの中で、逃げ出したい気持ちと闘ったあの瞬間を思い出した。とうとう僕は栄冠を勝ち取ったのだ!
結果発表のアナウンスが終わったあと、会場にいた師匠ピオトル・パレチニ先生の姿を探した。先生が満面の笑みで僕のほうを振り向いてくれた瞬間、ドバーッと涙があふれた。
「よくやったね。なんで泣いているんだい。君は立派な2位じゃないか。僕がショパンコンクールに出たときは3位だったんだよ。僕よりも順位が上じゃないか。素晴らしい結果だ。自信をもって笑いなさい。君を教えてきたことを本当に誇りに思うよ。ショパンを弾いてくれてありがとう。本当にありがとう」
僕の人生で最初で最後のショパンコンクールが、こうして幕を閉じた。
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