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担当編集者から作家への七つの質問―― 村木嵐最新作発売記念

最新刊『まいまいつぶろ』で異色の将軍、第九代将軍・徳川家重を取り上げた村木嵐さん。京都在住の村木さんに、担当編集者がどうしても聞きたい7つの質問。メールでお答えいただきました。 


なぜ”徳川家重”を取り上げたのか?

――『まいまいつぶろ』は第九代将軍徳川家重の物語です。
前作『阿茶』で書かれた徳川家康や第八代将軍の徳川吉宗は有名ですが、比べてしまうと正直地味な家重。作中では「吉宗は家康の再来だ。ならばその次の将軍は、一見愚鈍といわれた二代秀忠に重なる家重だ」と書かれています。徳川家重はもともと気になっていた人物だったのでしょうか。

(村木)「頂上至極」を書くのに背景を調べていたとき、家重はとても頭脳明晰だったのではないかと思いました。それなのにひどい評価ばかりが残っているので、かえって気になって忘れられなくなりました。

――最初に構想を伺った時、半身が思うように動かず、尿意のコントロールも効かなくなり、発話も不明瞭になってしまうという可能性は現代でも誰にでも起こりうることだと思いました。
約300年前、不自由な身体で将軍の座を目指すことの難しさをどのような点に注意しながら書いていかれましたか。

(村木)
現代でも家業を継がなければならないとか、病気とか人間関係とか、誰もがいろいろと背負っているので、「特権階級の人の悩み」にしたくありませんでした。その一方で、いざとなれば軍勢を指揮する立場で馬にも乗れないというのは致命的な時代だったと思います。侮蔑は厳然とあったにせよ、現代に横行している差別とは次元が違うので、「これは差別じゃなくて何と言うのだろう」とずっと考えていました。


"大岡忠光"を形作った資料とは

――小姓であった大岡忠光は、呂律の回らない家重の言葉を唯一聞き取ることができたという設定です。忠光の存在を掘り起こし、形作られた際に助けとなった資料、作品などがありましたら教えてください。

(村木)
忠光のことが書かれている資料は、私は見つけられませんでした。
ただ、三宮麻由子さんのエッセイに助けられました(盲目のエッセイストでピアニストでトリリンガルというスーパーウーマンです。私には魔法使いに見えます)。

――発話も身体も不自由な家重が、京都から嫁いできた比宮とどのように関係を築いていくのかとても気になりました。二人が仲を深めていくエピソードが印象的で、家重が育てた薔薇の棘を抜いてから贈るなど、言葉がなくても伝わるものについて考えさせられました。
二人が近づいていく過程で村木さんが大切にされたことは何ですか。

(村木)
実際に隅田川遊覧をしたとか、降嫁してすぐ子供ができたとか、本当に仲が良かったとしか思えない史実が残っているので、理解し合おうとした二人の努力や真心、真実の姿に迫りたいと思いました。


一筋縄ではいかない曲者揃いの老中たち

――一筋縄ではいかない曲者揃いの老中たちも、読みどころの一つです。酒井忠音、松平乗邑、松平武元、酒井忠寄、田沼意次。いずれの人物も己の信念と哲学に忠実で、悪役ながらあっぱれと思うこともしばしばでした。
私の推しは包容力と愛に溢れた酒井忠音です。頭は悪くとも真っ直ぐな気持ちは忘れないところが、自分に似ているような気がしました。
村木さんが書いていて一番楽しかった、あるいはご自身に似ていると思う人物は誰ですか。

(村木)
書いていて一番楽しかったのも、自分に似てると思ったのも武元です(こっちは「ただの阿呆」ですが。笑)。
書いているとき武元が次々に突拍子もないことを言うので、ずいぶん削除しました(笑)


構成を考えているときが一番好き

――資料調べ、取材にはどれほど時間をかけられましたか。
また構成、原稿執筆、ゲラ作業など本が出来上がるまでの流れの中で、一番好きなところはどこですか。お仕事に欠かせないアイテムはありますか?(音楽やコーヒーなど)行き詰まった時、気分転換はどのようにされていますか。

(村木)
資料調べはトータルで二週間から一月ぐらいでしょうか。 
構成を考えているときが一番好きです。もう書き上げた気になって放り出してしまい、プロットに「ここでオウム」とか書いてあって、あとから読み返して自分でも???になります。
仕事に欠かせないアイテムは、う〜ん、べつにないです。たしかにコーヒーは毎日飲みますが。「まいまい」を書いているときはフルーチェがマイブームで、そればっかり食べてました。
気分転換は土いじりと囲碁と観光地めぐり。京都は一日乗車券でいろんな観光地に行けるので(笑)。


もし登場人物のうち一人だけ会えるとしたら?

――登場人物のうち一人だけ実際に会えるとしたら、誰に、何を伝えたいですか?(あるいは聞きたいですか?)

(村木)
意次に会いたいです。今、聞きたいことがいっぱいあります。わざと「まいないつぶろ」と呼ばれようとしたんじゃないのか、とか(笑)。


◆◆最新作はこちら◆◆

もう一度生まれても、私はこの身体でよい。
そなたに会えるのならば。
 
第九代将軍・徳川家重を描く落涙必至の傑作歴史小説。

口がまわらず、誰にも言葉が届かない。
歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、まいまいつぶろ(カタツムリ)と呼ばれ蔑まれた君主がいた。
常に側に控えるのは、ただ一人、彼の言葉を解するのはなんの後ろ盾もない小姓・兵庫。
麻痺を抱え廃嫡を噂されていた若君は、いかにして将軍になったのか。
 
「そなたは決して、長福丸様の目と耳になってはならぬ」
長福丸(後の徳川家重)が見るはずのないもの、聞くはずのないこと、それらを告げ知らせることは兵庫(後の大岡忠光)の役分を超える。
「長福丸様は目も耳もお持ちである。そなたはただ、長福丸様の御口代わりだけを務めねばならぬ」
 
廃嫡を噂される若君と後ろ盾のない小姓、二人の孤独な闘いが始まった。

著者紹介

村木嵐(むらき・らん)
1967年京都生まれ。京都大学法学部卒業。2009年「春の空風」が松本清張賞候補になる。2010年、『マルガリータ』で第17回松本清張賞を受賞。故司馬遼太郎氏夫人・福田みどりさんの個人秘書も務める。

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