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十八代目・中村勘三郎…地球上のすべてに興奮する宇宙レベルの粋人 #1 男子観察録

ハドリアヌス帝、空海から、スティーブ・ジョブス、チェ・ゲバラ、十八代目・中村勘三郎、山下達郎、はたまた「母をたずねて三千里」のマルコ少年や、ノッポさんまで……。大ベストセラー『テルマエ・ロマエ』で知られる漫画家、ヤマザキマリさんの『男子観察録』は、古今東西の男たちを観察し、分析し倒した「新・男性論」。ヤマザキさん独自の目線から浮き彫りになる、真の男らしさとは、男の魅力とは? 中身を少しだけご紹介します!

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くるくると変わる表情に……

リスボンで勘三郎さんと出会った時は、彼は私に本名を名乗っていたので、梨園という背景を特別意識して接することはなかった。それはごく普通の旅人と海外に暮らす日本人というスタンスでの出会いだった。

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©ヤマザキマリ/幻冬舎


実は勘三郎さんはこのようなプライベートの旅を頻繁にしておられ、世界で訪れていない場所はないのではないかというくらい、ありとあらゆる国をご存知だ

私がポルトガルの前に家族共々暮らしていた中東のシリアにも、リスボンに到着するつい数週間前に行ってきたのだという話で盛り上がったが、その後どういう経緯からか話題がコロンビアの作家ガルシア゠マルケスの『百年の孤独』に転がった。

勘三郎さんと言語のコミュニケーションを超える領域で意気投合し始めたのはここからだ。

旅をしながら読み進めているという『百年の孤独』の面白さと興奮を、ありとあらゆる表情筋や仕草を駆使して放出させる勘三郎さんを目の当たりにし、私は自分以外で初めて体裁を気にせず胸中の高揚を全身全霊で表現する「日本人」と出会って大変嬉しくなった

周りにその文学作品を読んだことのない人もいるというのに、そんなことを配慮できるような冷静さは同志を見つけた高揚感にすっかり搔き消されて、私達は深夜のレストランで唾を飛ばし合いながら「マルケス万歳」と絶賛し合ったのだった。

勘三郎さんの職業は、日本古来の厳しいしきたりや様式を尊重しなければ成立しない、心身ともに高い緊張感と熟練度を強いられる世界のプロフェッショナルである。例えばイタリア人のようについ自分を甘やかしてしまう人種には、一生就くことができない類いの職種だろう。

だから私もこのような世界に暮らす人は、当然プライベートでも不必要に感情を表に出したりせず、無駄な動きを一切省いたような仕草しかしない、ミニマムで思慮深い様子の人達なのだと思っていた。

しかし、勘三郎さんという人は「平たい顔の日本人にもこんな表情筋があったんだ!」と思わせるくらい、普通に喋っていてもその顔つきはバラエティーに富んでいる。下手をしたらイタリア人の表情なんかよりもずっと多様で味わい深い

そのくるくると変わる表情は、同時にこの勘三郎さんという人の内面に潜んでいるインテリジェンスや並々ならぬ繊細さを意味するものでもあった。

旅をし、人に会い、本を読む

かつて平成中村座に招待されて見に行ったとある演目の感想を、「この荒唐無稽さは古代ローマやギリシャでも通じるもの。タイムスリップが可能ならあの当時の人にも見てもらいたい」と伝えたところ、勘三郎さんはまるで果てしない古代世界に思いを馳せる旅人のような顔つきになって、「ほう」と言ったきり黙り込んだ。

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それから間もなくにやりと微笑んで「そりゃいいねえ、是非古代ローマで演じてみたいねえ」と一言。突拍子もない素人の無茶苦茶な意見だってしっかり汲み取ることを怠らない。彼の脳裏では二千年前のローマで上演される歌舞伎がシミュレーションされていた。

勘三郎さんは、人であろうと自然であろうと空間であろうと、とにかく常に地球上に存在する様々なものから触発されることを求めている人だった。だから沢山の人と積極的に会い、地球上を旅し、様々な書物を読む。地球という惑星上で起こり得る全ての現象に対して満遍なく興味を示す。

通常、それだけ沢山の情報を吸収すると、間違いなく消化不良を起こして大変なことになってしまうだろう。だからものを創る多くの人は、ちょっとずつ新しいものをつまんでは、その味をゆっくりと確かめるように生きているのだと思う。

だが勘三郎さんは巨大発電機なのでそうはいかない。いっぺんに沢山の刺激を取り込んでは、それらを猛烈なエネルギーに変換して、常時発電し続けている。そのメンテナンスたるや、きっと並大抵の体力や精神力では務まらないだろう。

勘三郎さんの奥様はそんな夫を細腕ながら脇からがっしりと支え、勘三郎さんもそんな奥様に感謝の表明を惜しまなかった。

脇で二人のやりとりを見ていると、たまにお互い決して妥協を許さないエキサイティングな展開になったりもするが、それが何だか恋愛感情に一途で妥協のない学生同士のカップルのようでとっても初々しい。

リスボンで飲んだり食べたり散々騒いだ後に、真夜中の石畳の坂道を二人が手をつないで歩いているのを一瞬見た時も、私は長期持続可能な栄養剤を注入された心地に陥った。

溢れてくる感情を不必要に抑えず、出し惜しみもせず、体裁構わず純粋に外部へ放出させるそのかっこよさにはただもう感動するしかない。勘三郎さんとは、私にとって宇宙レベルで通用する「粋」を持った希有な男性であり、これからもそうあり続けていくのだろう。

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『男子観察録』ヤマザキマリ

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