世界最強の稼ぎ方

華僑のボスに叩き込まれた 世界最強の稼ぎ方 5┃大城太

4 己の持ってるものを人に利用させよ

 ラップがかけられた夕食のカレーライスを冷蔵庫から出し、電子レンジでチンしながら、僕はリビングで洗濯物を畳む妻のユキをさりげなく眺めていた。

数ヶ月ぶりに話しかける言葉はなかなか見つからない。

 結婚十数年になる妻は働きながら家事も育児も一人で引き受けてきた。仕事やら酒やら自分勝手にやってきた僕にはとっくに愛想を尽かし、夫婦の会話はほとんどなかった。


「ズルくなれ」

「アンタが持ってるもんを人に利用させたったらええねん」


 そんなボスの言葉に送られて帰ってきたものの、どうすれば今さらユキが僕を利用してくれるのか、その方法は全然思い浮かばない。

僕が持っているもの……知識、経験、体力、時間は、ユキにとって利用価値があるだろうか? どうもピンとこない。

 ぐるぐると考えすぎて頭が痛くなってきた頃、ふとひらめいた。

 口の上手さというのは、どうだろう。

 家では妻を言い負かすために口を使っているが、会社ではこの口で稼いでいるわけで、会社のために使えているのだから、ユキが得するようにも使えるんじゃないか?

 うん、なんとなくこの線は大きく間違っていない気がする。だが、僕の口の上手さをどうやってユキに利用させたらいいんだろう。


〈なんぼ考えてもムダやで。アホが考えてもアホの答えしか出えへんねんから〉


 ボスの言葉が頭に浮かぶ。そうだ、アホな僕は悩んでいる前に動いたほうがよさそうだ。


「あの、さ……何か、最近困ってること、ないか?」

「はぁ?」

 息子のTシャツを畳んでいたユキがいぶかしげな目で僕を見た。当然だ。数ヶ月ぶりに話しかける言葉としては、やぶから棒すぎた。無視されなかっただけで上出来だろう。

「いや、だからきみが困ってること。子どもたちのこととかさ。なにかしらあるだろう」

 そう続けたが、ユキはますますいぶかしげだ。

「いやいやいや、気持ち悪いんだけど。今まで私がどれだけ言っても子どもたちのことで助けてくれたことなんかなかったじゃない。なんなの? なんか隠してるの? 浮気? リストラ? 横領がばれた?」

 まただ。こっちがたまに手伝うそぶりを見せると、「今までなにもしなかったくせに急にやられても迷惑だ」みたいなことを言い出すわけだ。

じゃあどうすりゃいいんだ。わかったわかった、もう余計な手出しなんかしませんよ。その代わり、家でゴロゴロしてる僕のことを殺意のこもった目でにらむのはやめてくれよ。

 ……心のなかにはさんざん反論の言葉が浮かんできたが、〈成功したければ家の火種を消せ〉というボスの教えを思い出して、大きく深呼吸をした。

「悪かった、悪かったよ。今までの態度は反省してる。これまで本当に申し訳なかった。浮気もリストラも横領も関係ないよ。いいから、何か困っているなら話してくれよ」

 これぐらいの謝罪で今までの行いを許してもらえるとは僕だって思わないが、ユキの表情がわずかにゆるんだような気がした。

僕にそんな顔を見せるのは本当に久しぶりだった。


「……来週の、保護者面談かな」

 ぽつりとユキが言った。

 よしっ、火種を消す糸口、つかんだぁ! 心のなかでガッツポーズをとった。

「保護者面談に行くのが嫌なんだ?」

「だって、あの子のことで先生から今度は何を言われるか」

 あの子とは小学4年生の長男・シュンのことだ。

愛すべきやんちゃ坊主だが、とにかく勉強が嫌い。誰に似たんだか口達者で喧嘩っ早い。近所では悪ガキのレッテルを貼られているらしい。

「この前のテストも散々だったんだから。いくら言っても忘れ物は減らないし。そもそも私の言うことなんかなんにも聞かなくなっちゃったけどね。あーあ、下のチビたち2人は目が離せないし、最近困ってることもなにも、毎日困ったことだらけだよ」

「ユキにばっかり苦労をかけてしまって悪い。看護師として働きながらの育児、大変だよな。それなら面談には僕が行くよ。それから、シュンには僕からちゃんと話をする」

「えっ。それは助かるけど……。急にどうしたの?」

「うまくいったら詳しく話すけどさ、実はすごい師匠を見つけたんだ。その人に、このままじゃダメだと教えられた」

 ユキは怪訝(けげん)な顔をしつつも、「いただきます」とカレーをかきこむ僕にそれ以上突っ込んではこなかった。どうせ気まぐれだと思ったのだろう。


 初日の成果をボスに伝えたくて、翌日事務所の前で出待ちをすることにした。日本人にしては厚かましいとボスに言われた僕でも、連日事務所に上がり込むのはさすがに気がひける。

あんまりしつこくしてボスに嫌われたら元も子もないし、今日は殊勝に外で待つことにしたのだ。

 幸い、30分ほど待ったところでボスは事務所から出てきた。

僕に気づくと露骨に口をへの字に曲げて迷惑そうな顔をする。

傷つくなぁ。

「まーたアンタかいな。ワシ今から出るとこやねんけど。しかも出待ちて。カワイコちゃんが待っとるんやったら嬉しいけど、無責任男に待たれてもなんも嬉しくないっちゅうねん」

 僕はトップ営業マンのプライドにかけて、嫌なムードを吹き飛ばすべく自慢の笑顔を浮かべた。

「残念ながらカワイコちゃんにはなれないですけど、ボスのおかげで無責任男は返上できそうなんです」

「ふうん。まあ、すぐそこの知り合いの事務所に行くとこやから、着くまでやったら話聞いたってもエエけど」

「ありがとうございます!」

 僕はボスに、昨夜の妻とのやりとりを報告した。

「フン、まだ奥さんの話聞いただけかいな。まあ無責任男にしては大きな一歩なんちゃう? でも一度で満足しとったらアカンのやで。信頼されるまで毎日歯ぁ磨くようにコツコツや」

「はい、続けてみます。それでボス、実は相談にのっていただきたいんです」

「金なら貸せへんで」

「いえ、お金のことじゃないんです。うちの子どものことなんですが……。どうしたら勉強するようになると思いますか?」

「はぁ? そんなんワシ知らんがな。教師でもカウンセラーでもないっちゅうねん。アンタはどないしよ思てたん?」

「そうですね、勉強しないとバカになるぞ! と、説教しようかと」

 ボスは一瞬立ち止まって僕の顔をまじまじと見つめると、ハァーと大きなため息をついた。

「あんなぁ、そんなんで『父ちゃんの言うとおりや、勉強せな!』って思う子がどこにいてんの? いるなら連れてきてみいっちゅうねん。無理やりやらせるんやのうて、その気にさせるんや

「その気に、ですか」

「アンタかてそうやん。言われたことやるんと、自分がやりたいことやるんと、どっちが楽しい? やりたいことをやりたいと思たから起業したいんとちゃうん。それと一緒やん。勉強をさせるんやのうて、したいと思わせる。そこが親の腕の見せどころやで。
 そのためには自分の子のことをよう知らんとアカンやろな。『彼(かれ)を知りて己(おのれ)を知れば、百戦して殆(あや)うからず』って孫子さんも言うとるやろ。相手のことも自分のこともよう知っとけば、百回戦ったかて負けることはないっちゅうことやな。ワシほんまエエこと言うな。教育カウンセラーの看板も出そかな」

「なるほど、子どものことをよく知って、その気にさせるように手を打つってことですね」

「あとは自分で考えや。ほな、ワシ忙しいから行くで。タイムイズマネーやから」

 そう言い残してボスは雑居ビルのなかへと消えていった。


 その日、家に帰った僕は作戦を練った。

酒ばかり飲んでいた頃は週末も二日酔いで、起きるのはたいてい昼過ぎ。約束していたバーベキューをすっぽかしたこともたびたびあった。息子にとってはさぞかし残念な父親だったろう。

 でも酒をやめてから、最近は映画のDVDを一緒に観たり、サッカーを楽しんだりする時間も増えている。ここは男同士、腹をわって話をしてみるのがいいんじゃないか。

 僕はシュンの部屋を覗いて、「ちょっといいか」と声をかけた。

「お母さんから聞いたけど、この前のテストの点、よくなかったんだって?」

「お父さんまでそのことかよ」

 シュンは口を尖らせ、そう言った。

「うん、お前のことだから、残念で悔しかったんじゃないかなと思ってさ」

「えっ? まあ、それは……。でも勉強しなかったからね」

「勉強は嫌いか?」

「うん、サッカーしてるほうが何倍も楽しいよ」

「そうか。プロ目指してるのか?」

「まあね」

「海外で活躍したりするのかもな」

 そう言うと、シュンは照れたように笑みを浮かべた。

「へへ。だから勉強なんかしてるヒマないんだよね」

 シュンのその言葉に、僕は「えーっ」と驚いてみせた。

「何?」

 戸惑った顔でシュンが訊く。

「いや、サッカーが好きで、勉強が嫌いだなんてもったいないことだと思って」

「何がもったいないの?」

「あのさ、サッカーって、身体だけじゃなくて頭も使うスポーツだろ。相手の強みと弱みを事前に覚えたり、監督の立てる作戦をきちんと理解したりとかさ。だから身体を鍛えるように頭も鍛えると、もっとサッカーがうまくなると思わない?
 勉強って頭の筋トレなんだよ。グラウンドでは身体を鍛えて、授業では頭を鍛える。そうすれば、もっともっとサッカーがうまくなるんじゃないか」

 するとシュンは黙った。僕の言ったことについて自分なりに考えているみたいだ。

「でも……わかんないところがいっぱいあって、授業についていけないんだ。どうやって勉強したらいいか全然わかんないし。友だちは塾に行けばって言うけどさ……」

「そうか。よし、シュンも塾に行ってみるか?」



「……というわけで、シュンは塾に行くことになった」

 リビングに戻ってユキにそう報告すると、鳩が豆鉄砲をくらったような顔、というのがぴったりくる表情をした。

僕はドヤ顔にならないように十分気をつけたつもりだが、どうにも鼻の穴がふくらんでしまっているのは自覚した。

 営業マンとして培ってきた口の上手さを使って、家族の悩みをひとつ解消できそうなことが、自分でも意外なほど嬉しかった。

「明日、シュンを連れていくつか塾を見てくる。それからきみと3人で話し合ってどこにするか決めよう。シュンの学習計画もざっくり立ててみた。忙しいと思うけど、シュンが実行できているかどうかのチェックは、きみに任せてもいいか」

「え、ええ」

 ユキは驚いた表情のまま、そう言った。

「あとは来週の面談だったね」

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