リスナーのヒップホップに対する理解度を深めたい #3 HIPHOPとラジオ
ラッパー・R-指定と、ターンテーブリスト・DJ松永による人気ヒップホップユニット、Creepy Nuts。彼らがパーソナリティをつとめる『Creepy Nutsのオールナイトニッポン』が、多くのリスナーに惜しまれつつ、3月をもって終了することが発表されました。
『HIPHOPとラジオ Creepy Nutsのオールナイトニッポン読本』は、同番組のすべてを詰め込んだオフィシャルブック。リスナーなら絶対見逃せない本書から、内容の一部を公開します。
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R-指定の日本語ラップ 紹介
――「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0(ZERO)」で最初にかかった曲は、RHYMESTER「Future Is Born」だったんですね(オープニングのBeastie Boys「Sure Shot」を除く)。
R-指定(以下R) あの選曲は松永さんと二人で決めたんですよ。番組開始の時に、RHYMESTERがお花を贈って下さったことへの俺達なりのお礼でもあったし、俺と松永さんは、出会う前からRHYMESTERの音楽はもちろん、ラジオ「WANTED! 月曜日RHYMESTER」にも影響を受けていたということもあって。だから俺と松永さんのルーツとなったアーティストをまずかけようという気持ちが強かった。そこでなにをかけるか本当に悩んだんですけど、「Future Is Born」にはヒップホップの魅力が詰まってるし、「その先の未来」を感じる部分は、新しい番組を始めるにあたってぴったりやなって。そしてMummy-Dさんの「ただしオマエらの Roots はあくまでオレだとは言っ・て・お・き・たい ぜ!」というリリックですよね。
――「日本語ラップ紹介ライブ in 日比谷野音」でも、Dさんがそのパートを何度もリフレインしていましたね。
R リリースされた時は、松永さんと「これ、俺たちのことちゃう?」とかキャッキャしてたんですけど、イベントであのパートを何度も言ってくれた時は、本当に感動しましたね。
――そしてRさんが日本語ラップ楽曲を解説する、松永さんが「この番組唯一の良心」と話す「日本語ラップ紹介」コーナーも、第一回放送から始まります。
R 「オールナイトニッポンR」を担当させてもらった時、スタッフがヒップホップに対して、ほぼ知識がなかったんですよ。そこで「世の中はそうヒップホップを思ってるのか」という気づきも改めてあったし、だからこそヒップホップ側の俺たちと「ヒップホップなめんなよ!」みたいな展開で話題や笑いも生まれたり。そしてレギュラーとして番組がスタートした時に、「こういう曲から聴いていけばヒップホップの魅力がわかる」「ヒップホップはこういうことも出来る」みたいな、おこがましいようですけど、スタッフとリスナーのヒップホップに対する理解度を深めてもらうために、ヒップホップ楽曲の魅力を専門的な目線で話すコーナーとして毎回やろうと。
――コーナー初回でかけたのはZeebra「Original Rhyme Animal」でした。
R やっぱりジブさんは日本語ラップの象徴的な存在だと思うんですけど、同時に「象徴としてのZeebra」しか伝わってないのかもと思って。それでジブさんのラッパーとしてのすごさが一発で分かる曲として、「Original Rhyme Animal」をかけたんですよ。発声やフロウという聴感の部分はもちろん、もう20年以上も前に、日本語での韻の踏み方のほとんどを一曲で網羅したという意味でも、これはとんでもない曲ですよ、と。
――第二回はスチャダラパーの「ついてる男」。
R これは物語の構成力ですよね。Boseさんの1ヴァース目とANIさんの2ヴァース目で、起きてること自体は一緒なんだけど、考え方や受け取り方の違いで、全くマインドが変わるという内容になっていて。
――例えば、デートに遅刻して「友達でいましょ」と言われて、Boseさんはそれを破局だと普通に受け取るけど、ANIさんは「性別すら超えたっつーこと!」と異常にポジティブに考えるという。
R そういう目線の置き方や構成の妙で話を展開させていく内容がとにかく面白い曲だし、こういうコントみたいなことも日本語ラップでは出来るんですよという部分を聴いて欲しかった。
――三回目はSHINGO★西成「ILL西成BLUES -GEEK REMIX-」ですね。SHINGOさんはRさんも出身である大阪を代表するラッパーです。
R 今も大阪を地場に活動されてるアーティストで、ヒップホップの地域性、「フッド」という考え方、方言の使い方……そういう部分をリスナーに伝えるには、SHINGOさんの曲は最適だと思ったんですよね。それから大阪といえば「前人未踏 feat.AMIDA, だるまさん, MINT」を手がけた韻踏合組合。
――いわゆる「大阪アメ村」を基盤とした、大阪のストリートヒップホップを代表するグループですね。Rさんも韻踏の主催する「ENTER」のMCバトルで頭角を現したという経緯があります。
R 俺も中学の頃、親友のヤマトと堺から電車を乗り継いで初めてアメ村に行って、HIDADDYさんが経営するヒップホップショップ「一二三屋」でCD買って、HIDADDYさんと握手してもらいましたから。そのHIDADDYさんも参加する別ユニット、Head Bangerz「H.B.F. feat.HB FAMILIA」はこのコーナーでも解説したんですが、そのMVがアメ村をロケ地にしてて、アメ村の路上を何十人ものB―BOYが闊歩してて。
――どう考えても物騒な映像で最高です(笑)。
R そうなんですよ。俺も肩いからせて歩きたくなる(笑)。それから関西だと神戸の神門さんは、めちゃくちゃ影響受けたリリシストなんで、曲をしっかり解説したかった。あと番組がスタートしたのと同じ年(2018年)に、俺が日本語ラップについて語るトークイベント「Rの異常な愛情」が始まったんですよね。RHYMESTER、Zeebraさん、般若さん、SHINGOさん、THA BLUE HERB、韻踏、DABOさん、餓鬼レンジャー、ケツメイシ……初期に解説したアーティストのほとんどはトークイベントでも話してるんで、やっぱり自分への影響が大きいんやな、とリストを見返して思いますね。
――この中でキミドリ「つるみの塔」はちょっと意外な選曲ですね。かなり上の世代でもあるし。
R これはNetflixのドラマ「13の理由」のタイアップで「15才」(アルバム「Case」収録)の雛形を作ったタイミングでかけたんですよね。そのドラマが学園モノで、その中で描かれる同調圧力とかをテーマにした曲が、日本語ラップのクラシックにもあるんですよ、ということで解説して。その翌週が、松永さんが KUTS DA COYOTE feat. T.O.P.「ラブホなう」 、俺がDABO「スーパーバックシャン(Yes, Sir)」、で、Creepy Nutsの曲が「Stray Dogs」……全部下ネタやん(笑)。
――この週は二人とも昂まりまくってたとか?
R それで抑えきれなくて、エロい曲かけた……だとしたらアホすぎる(笑)。
――このコーナーでは、ケツメイシ「夏の思い出」、ファンキーモンキーベイビーズ「そのまんま東へ」など、あまり分析的に語られることの少なかったメジャー曲がピックアップされているのも特徴ですね。SOUL’d OUTの再評価の機運や、nobodyknows+「ココロオドル」の「THE FIRST TAKE」でのバズなど、このコーナーでの解説なども影響している部分もあるのかなと。
R いやいや。もともと曲やアーティストが持ってた力やと思いますよ。俺の影響なんてそんな……。でも、俺がそういったアーティストに影響を受けてきたのは間違いないですね。SOUL’d OUTは、中1の時に実家の近所のなか卯で「1,000,000 MONSTERS ATTACK」が流れてて、そこで聴いて衝撃を受けて、そのままTSUTAYAに借りに行ったのが、俺のラップの入り口ですから。
――Diggy-MO’のモノマネがラッパーで一番うまいのはRさんかもしれない(笑)。
R ファンモンもポップやけどめちゃくちゃ実はハードライマーだし、nobodyknows+は俺も所属する梅田サイファーの連中とカラオケで今でも歌うし、ケツメイシは「Rの異常な愛情」でも一回まるまる使って4時間近く解説してて。それに、メジャーでドカンと活躍してる人らには、それなりの理由があると思うんですよね。単純にポップでキャッチーやったから売れたわけではないし、そこにちゃんとスキルやライムのようなラップの実力という下地、テクニカルさ、他にはない面白さがあるからこそ、メジャーでも注目されたんだと思う。だから根本的な部分として、俺の中では立ち位置や活動場所がアンダーグラウンドでもメジャーでも、「日本語でラップすることの面白さ」という部分では変わらないし、そこを解説したい。
――そういった「パッケージ」に引っ張られて、日本語ラップとしての根本的な価値観の評価をぶらさないのは、Rさんの視点の確かさなのかなと。
R そうありたいと思いますね。それに、なんでも聴けたほうが単純に楽しいと思うんですよね。「アンダーグラウンドのヒップホップばかり聴いてきた」「USのヒップホップしか聴かない」というタイプでは全くないし、そういうブランディングをするつもりもないんで。普通に自分が聴いてきた曲をかけてるだけなんですよね。梅田の仲間も、超アンダーグラウンドなヒップホップの次に、ポップフィールドでも人気のラップを聴いて、両方の良さを咀嚼してる人が多い。世代的にもKICK THE CAN CREWやRIP SLYMEがスターダムに上がった時期にラップを聴き始めたから、いい意味でフラットにヒップホップ全体を摂取して、それをアウトプットできてるんじゃないかなと。
――梅田サイファーのメンバーの曲も多く解説されていますね。
R 仲間やからという部分も当然あるんですけど、それを超えてかっこいい、自分が食らった曲だからという方が理由として大きいですね。テークエムの曲が多いのも、単純にすごい曲をコンスタントにリリースしてるからで。KennyDoes、ILL SWAG GAGA、tella、Teppei、KBD、peko(黒衣)、KZ、KOPERU、タマイコウスケ、OSCA、ふぁんく、ペッペBOMB……まだかけられてない梅田のメンバーもいるし、これからも自分が衝撃を受けたらかけると思いますね。
――Rさんもそうですが、梅田のメンバーは一曲の中に情報を複雑に入り組ませることが多いから、基本的には1回しか聴けないラジオという媒体においては、解説することで一聴して分かりやすくなる効果もありますね。
R 確かに。KBDさんの「イルゴリラシティー」は、もともと『猿の惑星』という映画があり、映画自体が人種間の軋轢に対するメタファーになってて、その構造がKBDさんのアルバムにも援用されてて……ということを説明して、その上で聴いてもらった方が楽しいやろなというのはありましたね。それは他の楽曲解説にもつながると思います。
――Rさんは2015年9月にスタートしたテレビ朝日系「フリースタイルダンジョン」でモンスターに選出されました。このコーナーでも、サイプレス上野とロベルト吉野「MASTERオブお家芸 feat.宇多丸」、BAD HOP「Sucide Remix feat. Tiji Jojo, Hideyoshi & Jin Dogg」、般若「虎の話(あわよくば 隙あらば 俺だけが)」、漢 a.k.a GAMI「何食わぬ顔してるならず者」など、「ダンジョン」開始時にRさんと同時に出演していた4名の曲もかけていますね。
R そうですね。中でも般若さんの曲が一番解説回数が多いかも知れない。漢さんの所属するクルー、MSC関連の曲も解説した比率が高い気がしますね。
――MSCのメンバーの中でも、O2の楽曲はRさんも松永さんもかけてます。
R 松永さんが「団地 back in the day feat. ガッツakaケツバット」、俺が「神田リバサイ feat. RUMI&MEGA-G」……深夜とはいえハードコアなラジオですね(笑)。「神田リバサイ」は「『闇金ウシジマくん』が他人事とは思えない」みたいな話からかけたんかな? JUSWANNAも「BLACK BOX」をかけてますね。ハードライマーなMEGA-Gさん、フロウ巧者のメシアTHEフライさんという対照的なラップは、俺ら世代への影響がすごく大きい。一方で同じ2MCでも「BAMUDA58」をかけたGOOD FELLASのように、二人ともガンガンにラップするタイプもいるし、ユニットでのラップの面白さも伝えたいなと。
――このコーナーの延長線上にあるイベント「日本語ラップ紹介ライブ」を東京と大阪で開催しました。いわゆるライブショーケースとも違う、アーティストがアーティストを解説して、そしてライブを行うという珍しい形式のイベントができたのも、ANNとコーナーの影響力ゆえかなと思いました。
R 個人的な思いとして、自分の活動の中でリスナーとしての時間が多かった時の方が、もっと自分なりの解説とか分析が深かったんじゃないかなと。プレイヤー側の時間が殆どになることで、解説的な目線が以前よりは薄くなってる気がして。
――それでも毎週、新譜も含めて楽曲解説してるのはすごいと思いますけどね。
R だといいんですけど、自分の中ではもっとリスナー目線とプレイヤー目線のシーソーのバランスを良くしたいなと思うんです。イベントで俺らの紹介したアーティストに、お客さんがめっちゃいい反応してくれたのは、コーナーへの手応えにもなったし、本当に嬉しかった。その声援をもっと大きいものにもしていきたいですね。とはいえ、いろいろ活動が忙しくなってくると、昔の曲を聴いたり、新しい曲を聴いたり、メジャーもアンダーグラウンドも満遍なく聴いて、更に分析する……みたいなことが難しくなって、全然音楽を追えない時期もあるんですよ。他の人のラップを入れたくない時期が生まれてきて。まさかそんな時が自分にくるとは思ってなかった。
――このコーナーで「越冬」をかけたICE BAHNも、MCバトルで彼らが常勝軍団だった10年以上前にインタビューをした時、曲を聴いてもそこで別の韻を考えてしまうから、バトルモードの時は集中して他のラップを聴けないという話をしていて。
R 俺はむしろバトルに出てた時期のほうがめっちゃ聴いてましたね。もちろん、それは年齢もあったとは思うんですけど。でも、いろんなラップをインプットすることで、フレーズや韻の引き出し、バトル相手へのカウンターを増やして、さらにその先のフレーズを自分で考えたり。だから、バトルに出てた時の方が満遍なく聴いてましたね。俺が他の曲に集中できなくなるのは、やっぱり自分の制作の時、しかも締め切りが山積みの時ですね。今自分が扱ってるテーマと言い回しが誰かと被ってたら嫌やなというのもあるし、単純に聴く時間が捻出できないのもあって。でも一方で、自分が扱ってるテーマを先行して作っている曲を知ってる場合は、その曲を聴き直して、それとは違う目線がどう生み出せるのか、みたいな研究もするし、それもバランスですね。
――ANNは続くという前提ですが、このコーナーは、いずれ日本語ラップ版の「山下達郎サンデー・ソングブック」のような、独立した番組になるような気もします。日本語ラップの歴史がもっと重なっていけば、いずれ「オールディーズ」になる曲も生まれていくわけだし。
R 恐れ多いですけど、おもろそうですね。この番組でも一ヶ月まるまる1アーティストみたいな方向もいいのかなと思い始めてますね。KOHHみたいな一曲では絶対に語りきれない、変化の大きいアーティストなんかは、そうじゃないと解説が難しい。一ヶ月まるまる随喜と真田2・0、もはや真田人さんで一ヶ月みたいな偏り方もありやな……。
――番組では真田人「一男性ソーセージ」をかけていて。「ナッツ」が「ソーセージ」の話をするという構造だけでもばかばかしかったのに。
R ハハハ。ホンマや!
――そして「Shape is good/Taste is good/Smell is good/Feeling is good」という歌詞に二人でゲラゲラ笑ってるという完全にどうかしてる放送を、一ヶ月も続けるつもり(笑)?
R でも「1時台に上がった今やからこそ!」という気も。
――発想がまんまテロリスト(笑)。
R 正直、このコーナーは時間がいつも足りないんですよね。「Rの異常な愛情」で、一曲の解説に30分近くかけてることからも分かる通り、短時間で解説するのは難しい。もっとアーティストについても、他の曲に関しても、深さや広大さを解説したいんですよね。最近T-STONE「騒~ZOMEKI~feat.寶船」をかけたんですけど、あの曲は彼の地元である徳島の阿波踊りという伝統を混ぜた、地元をレペゼンした曲だったんですよね。
――しかもそれにハイパーポップのような音色が被る異形の曲で。
R その曲はもちろん、収録されたアルバム「Type 1Diabetes」には、ジブさんの「結婚の理想と現実」をサンプリングしながら、ジブさんを更に客演に迎えて曲をより立体化させた「DonDaDa feat. Zeebra」も収録されていて。そのアルバム自体が素晴らしかったから、その全体のおもろさも語りたかったんですけど、やっぱり時間が足りなくて。
――他にもT-STONEと「四国銀行」などを作っている愛媛のDisry「Under Pressure」もかけていますね。
R そうそう。そういう他のアーティストとのつながりだったり、もっと背景の解説も含めて、より深くしていきたいと思いますね。でもそうするとまた時間が……(笑)。
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