華僑のボスに叩き込まれた 世界最強の稼ぎ方 3┃大城太
2 家を治められんヤツが成功するわけない
名言ノートに追加した「教え」を眺めながら、僕は強く思った。
やっぱりこの人の弟子になりたい。どうしても。
「僕、これからは自分としっかり向き合って過去の過ちを改めます。改めることができたら、晴れて弟子にしていただけますか?」
「はぁ? そんなん、改めたかどうかなんてワシにはわからへんやん」
「うっ……まぁ、そうおっしゃらずに。まず人生で最大級の想定外だった過ちを話しますんで、聞いてください」
「興味ないわ」
「面白い話でも?」
「……ホンマにオモロいん? 笑える話なん? 笑える話やったら健康のために聞いたってもエエけど」
「笑えます。確実です。友だちは全員爆笑しましたから」
「ほなまあ話してみぃや」
「先ほど口走ってしまった教員採用試験のことなんですけどね」
こうなったらボスを笑わせるしかない。僕はお笑い芸人になったつもりで、テッパンの自虐ネタを披露した。
「僕ね、大学生の頃から社長になりたかったんですけど、一方で教師になりたいとも思ってたんです。正直、社長ってどうやったらなれるのかわからないし、現実的に目指すべきは教師だなと。周りからも教師に向いてるって言われてましたしね。
というのも、僕、教育実習の評価が抜群によかったんです。95点以上の『秀』でした。とくに模擬授業が上手いと評判で。お手本として実習生のみんなに見せてやってくれって教官から頼まれたくらいですよ。そんなに向いているのに教員採用試験に受からなかった。さぁ、なんでだと思います? さすがにボスでも言い当てられないでしょう」
「そら、アンタを嫌っとるヤツに、はめられたんやろ。試験の日程が変わったとか噓の情報を流されて、アホのアンタはそれを信じてもうた、っちゅうストーリーはどや? ワシ小説家に転職しよかな」
「いやあの、なんとなく華僑的発想ですよね、はめられるって。ま、不正解ですけど。事実は小説よりも奇なり、ですよ。
なんと僕、試験に何が出るかわかってなかったんです。試験会場で初めて、教育法規が試験に出るって知ったんです。『教育法規? 何それ』状態ですよ。ぜんぜんわからない! 一問も答えられない! 頭真っ白! 顔は真っ青! まさに想定外! いやー、それぐらい調べておけよって話ですけどね。仲間うちでは大ウケでしたよ。あれだけ自信満々で最後にやらかすとは、さすがダイちゃんだなーって」
「…………」
「あれ? 面白くなかったですか?」
「ワシのシナリオのほうが断然オモロいけどな、アンタの話もまぁまぁ笑えるんちゃう? そんなアホなヤツおんねんなーマジあり得へーんって、赤の他人やったらオモロがるやろ。それに友だちは普通、気ぃ遣うわな。そやからアンタ、笑いのネタにしてもうたんやろ? 慰められたりしたら自分が傷つくから」
自分が傷つくから……。
そういうふうに考えたことは一度もなかった。
当時は自分も友だちも学生ノリで、笑わせたヤツが勝ちみたいなムードがあった。あり得ない失敗をした僕は、身体を張って笑いを提供したつもり、皆に注目される人気者になったつもりだったのだ。
でもたぶん、本当はボスの言うとおりなのだろう。教員採用試験に落ちたことは忘れていなかったが、自分の思い込みが原因で落ちたという事実は最近まで忘れていた。というか、やはり思い出さないようにしていたんだと思う。
「アンタは優しい友だちに恵まれとったんやなぁ。ほんでや。そんな友だちのためにも、改めるべきはなんや?」
「ひと言で言えば、謙虚になることでしょうか。自分が正しいと決めつけず、人に訊いて教えてもらうとか、なんでも確認するとか」
「そやな。アンタぜんぜん謙虚ちゃうもんな」
「いや、僕だってさすがに学生時代のままじゃありませんよ。社会の荒波に揉まれて学習しました。ボスの弟子になりたいのも、自分はお金儲けのことをわかっていないと自覚しているからです。自分の力だけでは何もできないってことも、身にしみています」
「フン、ほな訊くけど、身近な人に対しても謙虚になれてんの? まず家族の意見は訊いたん? 起業にしても弟子入りにしても、家族の了解と協力が必要やろ」
「家族には会社を辞めてから言うつもりです。そうじゃないと僕の覚悟は伝わらないと思うんです」
「はぁ? それこそあり得へんやろ、家族からしてみたら」
「そりゃ怒るでしょうね。何考えてるのって。でも反対できない状況にしてしまうのがかえって家族のためだと思うんです。妻も子どもも、僕が社長になってどんどん稼いだら文句ないわけじゃないですか」
僕はいつの間にか立ち上がって力説していた。
「だから僕は早く成功してお金持ちになる必要があるんです! ボスが弟子にしてくださったら、今すぐに会社を辞めてきます。仕事はいつでも引き継げるように準備万端ですので」
「会社辞めて生活はどうすんの? 蓄えあるん?」
「ありません。お恥ずかしい話ですが」
「ほなどうすんの? ワシに給料出せってか?」
「そこまで厚かましいことは言いません。妻も働いてますし、多少の苦労は家族として受け入れてもらいます」
「わかった」
ボスは、開いていた脚を組んで静かに言った。
「本当ですか! でしたら」
「ようわかったわ。アンタがとんでもない無責任男やっちゅうことが」
「え?」
「自分に一番近い家族を大事にせえへんヤツが、遠い他人を大事にできるわけない。家族にさえ責任もたれへんヤツが人様から信用されるわけないんや。そんな基本的なこともわからんまま生きてきてもうた、それこそがアンタの人生最大の想定外や」
「家族……」
「そや。家を治められんヤツが成功するわけない。中国では昔っからの常識やで」
ボスは僕のノートを引き寄せて大きく書いた。
修身(しゆうしん)
斉家(せいか)
治国(ちこく)
平天下(へいてんか)
「これ、ものごとを治める順番な。まず自分、ほんで家、次に国、最後に天下。
見たところアンタ、家族と上手いこといってへんやろ。当たり前なんや。自分自身さえ治められへんアンタが家を治められへんのは。当然、先にも進まれへん。起業して一国一城を築くことも、自分のビジネスで世のなかに貢献することも、今のアンタには決してでけへん」
僕はよろけながらソファに腰を下ろした。
ボスの言うとおり、僕は家族と上手くいっていないが、そんなものは起業して成功すれば自然にまるく収まるだろう、そう考えていた。
周囲を見ても、お金持ちの家は奥さんも子どもたちも穏やかに笑っていて幸せそうに見える。お金さえあればなんでも上手くいく。
成功が先、お金が先。それが世のなかの常識ってやつじゃないのか?
混乱する僕を慰めるようにボスは言った。
「ま、アンタもようわかったやろ。日本人が華僑社会でやるんは難しいっちゅう意味が。常識がちゃうねん。そこから変えろ言うても無理やから、大人しゅう会社の世話になっとき。会社はアンタの営業力を認めてくれてるんやろ? 幸せなことやん」
ボスは本当に僕のことを思って言ってくれている、それは伝わってきた。
でも、いや、だからこそ。
僕はソファに座り直し、姿勢を正してボスと向き合った。
「ありがとうございます。ご忠告には感謝します。ですが、僕はボスと出会えた幸運を無駄にすることはできません。常識が違うなら自分の常識をリセットします。家族のこともちゃんとします」
「はー。何言うても懲りひんヤツやな。まあアンタみたいなアホは、気が済むまでやらんと納得せえへんし諦めつかんねやろな。やれるとこまでやってみんのもエエかもしれん。けど、どうなってもワシは知らんで」
そう言いつつ、ボスは、僕のノートに新しい文字を書いた。
後院失火
「ごいんしっか。後院、つまり家の裏庭が火事やで、いうことや。自分の家が火事やったとしたら外の敵と戦うどころやないわな。今アンタの家は、この状態に近い。表向きは無事そうでも、見えへんところでは大きな火種がくすぶっとる。いつ大火事になってもおかしない。まずは火種を見つけて消すことや」
「火種……ですか」
「そや。どんな家にも火種はあるもんや。けど家のなかの火種をせっせと消しとるもんがおったら家庭は円満にいく。それを、そのうち消えるやろと放っといたら、やれ離婚しただの子どもがグレただの、外からも丸わかりの大火事になるわけや」
「僕の家も、このままでは大火事になる危険性があると」
「アンタの家の場合はアンタが火種の可能性大やな。そうやとしたら、まずアンタ自身が火傷しとるはずや。思い当たること、あるんちゃう?」
ボスの教え
・ものごとを治める順番は自分、家、国、最後に天下
・家の裏庭が火事では外の敵と戦うどころではない。成功するには、まずは家のなかにある火種を見つけて消すこと
* * *