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男たちを狂わせる「江本夏子」は山村美紗なのか? #2 京都に女王と呼ばれた作家がいた

「ミステリの女王」として君臨したベストセラー作家、山村美紗。しかしその華やかさの陰には、「文学賞を獲りたい」という強烈な劣等感を抱いていたこと、公然の秘密と噂された作家・西村京太郎との関係、隠された夫の存在など、秘められた謎は多い……。

そんな文壇のタブーに挑んだ、花房観音さんのノンフィクション『京都に女王と呼ばれた作家がいた』。気になる中身を一部、ご紹介します。

*  *  *

亡き妻の肖像画を夫みずから……


そのニュースをネットで見つけたのは、私が小説家になってまもない頃だ。

二〇一二年、近鉄百貨店上本町店で開かれた「山村美紗とともに~山村巍と祥二人展」の記事だった。
 
故・山村美紗の夫と再婚した妻が、「山村美紗展」を開催するというニュースだ。
 
まず、「山村美紗の夫」が表舞台に出たことに驚いた。編集者から、「美紗さんの旦那さんを、お葬式で初めて見たという関係者がほとんどでした。それぐらい、表に出られていなかったんですよ」という話を聞いていたからだ。
 
夫が絵を描き、しかも亡き妻の肖像画を、再婚した妻と展示をしているというのも驚きだった。その妻がまた、三十九歳下というではないか
 
山村美紗の夫「山村巍」で検索すると、ブログを見つけた。そこには、亡き妻の絵の写真が次々に現れ、強烈なインパクトがあった。絵からひたすら念が漂ってくる。
 
私は山村美紗を写真でしか見たことがないが、似ている。赤やピンクのドレス、ウェーブのかかった髪の毛、面長の顔、それはまぎれもなく山村美紗だった。
 
これはどういうことなのだ。長年、表に出ることのなかった夫が、妻の絵を描いて、しかも再婚した妻と共に、展示をするとは。
 
山村美紗といえば、常に西村京太郎とコンビで語られており、ふたりはパートナーだったはずだ。
 
他の男と「パートナー」だった妻が亡くなってから、その妻の肖像画を描き続ける夫。それは愛なのか、執着なのか、いずれにせよ、夫はどういう想いでいるのだろう。
 
夫の絵を見つけて頭に浮かんだのは、一冊の本だった。
 
西村京太郎が、二〇〇〇年に朝日新聞社より刊行した『女流作家』という本だ。
 
単行本の帯と、ページを開いた巻頭にも、はっきりと「山村美紗に捧ぐ」と書かれてあり、扉を開くと、大きく山村美紗の写真がある。

はたしてどこまでが真実なのか?


ヒロインは女性推理作家の「江本夏子」。

山村美紗ミステリーの読者なら、彼女の小説の重要なヒロインである京都府警の検視官「江夏冬子」を連想するだろう。その江本夏子に恋する推理作家の名前は「矢木俊太郎」。これもミステリーファンなら、西村京太郎氏の本名と似ていることに気づくはずだ。
 
『女流作家』では、このふたりの恋と小説家としての葛藤が描かれ、二〇〇六年には続編である『華の棺』が刊行されている。
 
この『華の棺』というタイトルも、山村美紗ミステリーの主要キャラである名探偵「キャサリン」のデビュー作『花の棺』と無関係のはずがない。
 
山村美紗をモデルとした『女流作家』『華の棺』については、林真理子氏との『週刊朝日』の対談で、真偽を聞かれ、「あくまで小説ですから」と京太郎氏は答えているが、その小説の中では、「江本夏子」は、夫とは離婚していて子どももおらず、事実とは異なる。
 
山村美紗には夫との間にふたりの娘がいた。
 
長女は女優の山村紅葉、次女は山村真冬。山村紅葉は山村美紗や西村京太郎原作のドラマには欠かせない存在で、最近はバラエティ番組でも活躍している。若い人からすれば、山村美紗よりも山村紅葉のほうがお馴染みの顔になっているかもしれない。
 
『女流作家』『華の棺』は、どこまでが願望であり、どこまでが真実なのだろうか
 
正直、理解できない、入り込めないところが多々ある小説だった。とにかく「江本夏子」には、次々に男性が寄ってきて、彼女に夢中になる。文壇の大御所から、若いカメラマンまで、男たちは「江本夏子」に惚れ、妻を捨てようとまでするのだ。
 
ここに登場する「江本夏子」という作家は、魔性の女と言っていい。激しい性格の女だが、次々に男を虜にする。
 
どうしてそこまで「江本夏子」は、男たちを狂わせるのか。
 
もしもこの本が真実ならば、前述の『噂の真相』に度々描かれたふたりの関係を、京太郎は美紗の死後、肯定していることになる
 
ふたりの関係が真実とするならば、他の男と愛し合っていた妻の肖像画を描く夫というのは、何を考えているのだろうか。
 
それに付き合う、再婚した妻も。
 
山村美紗の死後、肖像画を描き続ける夫の山村巍
 
山村美紗をモデルにして、ふたりの恋愛を小説にした西村京太郎
 
私の理解の範疇を超えているからこそ、どうしても気になって仕方がなかった。

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京都に女王と呼ばれた作家がいた


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