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肉体改造とサムライヘア…世界的ピアニストの意外な努力とは #2 終止符のない人生

「日本でもっともチケットが取れないピアニスト」と言われる、若き天才・反田恭平さん。昨年、世界三大音楽コンクールのひとつ「ショパン国際ピアノコンクール」で2位入賞の快挙をなしとげ、世界的に脚光を浴びています。そんな反田さんの初の著書『終止符のない人生』が、この夏、ついに発売となりました。ファンの方はもちろん、音楽好きの方、自分の「好き」を仕事にしたい方にも読んでもらいたい本書、その一部をご紹介します。

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ピアニストは全身の筋肉を使っている

コンクールではミリ単位どころか、1ミリ以下の精度で指を動かし、自分が表現したい音色を奏でる必要がある。自分の思うがままに演奏をコントロールし、精密機械のような精度で感情表現を形にするために、大胆な肉体改造が必要だった。自分の肉体を改造しなければ、ショパンの曲に没入し、ショパン自身に憑依することはできない

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音響設備が完璧に整っているサントリーホールのような素晴らしいホールもあれば、音が反響しすぎるホールも中にはある。日本のコンサートホールは、映画館の座席よりは総じてシートが薄い。シートが薄いということは、それだけ音が吸収されにくくなる

また、冬場の客席は夏場と違ってモコモコのセーターや上着を着ている人が多い。すると当然ながら、冬場の会場のほうが音がたくさん吸収されてしまう。

海外では、座席が4階まである大きなオペラ劇場や、高い天井まで吹き抜けになっている教会でもピアノを弾かなければならない。こういう会場で、4階の最後列まで届くようにピアノを鳴らし切るのは至難の業だ。条件が微妙に異なる中で、フォルテッシモ(とても強い音)からピアニッシモ(とても弱い音)まで、音の強弱と抑揚を細かく制御する必要がある

ラフマニノフの身長が2メートルもあったのは有名な逸話だ。ロシアでの留学中も、身長が200センチもあるピアニストと何人も出会った。僕の身長は170センチ、体重は49キロしかなかった。30センチもの体格差は、とてつもなく大きなハンディだ。そのハンディを埋めるためには、増量するしかないと思った。

ピアニストは指が命と思う読者もいるかもしれないが、僕たちが演奏するときは、目に見えないところで全身の筋肉をくまなく動かして指先をコントロールしている。アスリートと違って、ピアニストは痩せぎすである必要はない。お腹がデップリ太っている体型のピアニストは、とてもふくよかで深みのある音を奏でるものだ。

そこでポテトチップスを毎日1袋食べ続けたり、炭水化物の摂取量を意図的に増やしたりしながら、体を大きくしていった。僕のビジュアルが以前にも増して大きく見えるのは、ショパンコンクールで満足のいく演奏をするために、わざとそうしたのだ。

セルフプロデュースも必要不可欠

ただいたずらに脂肪分を増やすだけではいけない。そこでボクシングをやってみたり、スポーツジムに通ってパーソナルトレーナーと一緒に筋トレをやった。普通のピアニストは、筋力トレーニングなんてあまり激しくやらないと思う。僕は格闘家ばりにスクワットをガンガンやった。体幹をグッと支えるために、脚の筋肉を強化しようと考えたのだ。

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重たいバーベルも厭わず上げた。上腕二頭筋や上腕三頭筋が鍛えられて二の腕が太くなり、背筋や大胸筋もどんどん成長していった。ところが、そうすると筋力がなかったころに比べて、音が硬く無機質な印象に変わってしまったのだ。

マッチョ体格はショパンコンクールには向かないことがわかったため、一度筋肉をつけたあと、筋トレをやめて体に脂肪を蓄えていった。握手やハグをしたときにふくよかでフワフワした感触がある状態のほうが、ショパンの温かみと深みがダイレクトに伝わることがわかった。

本番直前には、炭水化物をたくさん摂取することも心がけた。ショパンコンクール会場近くで拠点としていた宿には、お米と炊飯器を持参して部屋で白米を炊いた。

朝10時から演奏が始まるとすれば、12時間前の前日夜10時に炭水化物をたくさん食べる。すると寝ている間に炭水化物が消化されてエネルギーに変わり、演奏中に爆発的な力を発揮できる。糖分が十分補給されていれば、頭の回転も速くなる。

加えて、一発で存在を認識してもらおうと髪の毛を伸ばした。髪の毛をオールバックにして額を表に出し、後ろで結わえる「サムライヘア」にしたのだ。

トム・クルーズの映画「ラストサムライ」のおかげで、昔の日本人がチョンマゲを結っていたことが有名になり、「Samurai」は世界共通語になった。「サムライピアニスト」として自分を認識してもらい、「おもしろそうなピアニストだな」と聴衆の興味を惹きつける。

ステージ上で大勢の審査員や観客から注目を浴びる以上、現代のピアニストにはセルフプロデュースも必要不可欠な要素になってくる

父方のおじいちゃんが亡くなる間際、家族の前で「反田家の先祖は武田信玄の家臣だったんだ」と謎めいた言葉を遺した。何やら立派な家紋もあるし、おじいちゃんから古い刀や巻き物を見せてもらったこともある。武田信玄の家臣の末裔ならば、サムライヘアはなおのことちょうどいい(おじいちゃんの遺言が真実かどうか、NHKの「ファミリーヒストリー」に調査してほしいものだ)。

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終止符のない人生 反田恭平

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