世界最強の稼ぎ方

華僑のボスに叩き込まれた 世界最強の稼ぎ方 4┃大城太

3 行き詰まるのは「変われ」のサイン

 ボスに「アンタ自身が火傷しとるはず」と言われた僕には、確かに思い当たることがあった。

でも、これ以上ダメなところを晒(さら)したら弟子入りを認めてもらえないのではないか?

 ためらったが、結局正直に打ち明けることにした。

「あります……酒、です」

「酒か。ありきたりやなぁ。どうせ酔っ払って上司に暴言でも吐いたんやろ」

「それもないとは言えませんけど。火傷というなら酒で体を壊したことかなと。僕、実は酒が弱いんです。弱いのに毎日飲み歩いてました。今の会社にどうも馴な染じめなくて、その居心地の悪さを酒で紛らわせてたというか。
 毎日毎日、飲んで騒いで吐いて、また飲んで。それでついに体がおかしくなっちゃったんですよ。日中も酔っ払ってるみたいにフラフラしてました」

「当然の結果やな。そりゃ体も家もおかしなるわ」

「ですよね。週に2〜3回は終電を逃して家にも帰らなかったですし。タクシー代がないから漫画喫茶とか、ひどいときは電話ボックスで寝て、そのまま出勤してたんです。
 だけど夫婦喧嘩にはなりませんでした。僕のほうが圧倒的に弁が立つからです。口論しても僕には絶対に勝てない、妻はそう思ったんでしょうね。代わりに妻が取った行動は沈黙です。僕とは極力口をきかない。そうするのが一番だと思ってるみたいで……」


 そこまで喋(しゃべ)ったとき、僕は異変に気づいた。

明らかに場の空気が変わったのだ。

 ボスを見ると顔から表情が消えている。存在感はあるのに、感情がいっさい伝わってこない。何を考えているのか、まったく読めない。時間が止まったかのようだ。

 なんかヤバい。

本能的にそう感じ、僕の口は勝手に動いて喋っていた。

「いやあの、このままじゃいけないと僕も反省して、酒をやめたんです。体のフラつきもひどくなる一方で、営業車の運転にも支障をきたすようになってしまって。それで半年ほど前にきっぱりやめました」

 ボスは相槌(あいづち)を打つこともせず、無表情のまま僕を見つめている。

沈黙の圧がまた僕の口を開かせた。

「酒をやめてからは生活パターンが変わりました。家に早く帰るようになって子どもたちとよく話すようになりましたし、本を読んで勉強する時間が増えて、起業のことも真剣に考えるようになりました。それでボスに出会えたわけで、妻にも弟子入りのこととかちゃんと話をしたいんですけど、相変わらず口をきいてくれないんです」

 微動だにしないボス。

一体どうすればいい? 何を言えばボスは反応してくれるんだ? 

焦りながら、僕は頭に浮かんだフレーズをそのまま口に出した。

「つまり、まずは自分が変わることが必要なのかなと

 唐突にボスが動いた。ゆっくりと手のひらをこすり合わせたその瞬間、まるで魔法が解けたかのように圧が緩み、時間が動き出した。

「なあ、易経(えききょう)って知ってる?」

 何事もなかったかのように聞きなれない単語をぶつけられ、僕の頭は混乱した。

「へ? あの、占いの易のことですか? 筮竹(ぜいちく)をジャラジャラさせて占うやつ?」

「まあ占いにも使われてるけど、元々は宇宙の法則を説いたもんなんや。7000年も前に書かれたいう説もあるねんで。すごない?」

「ええ、まあすごいですね」

「そのすごい易経に書いてある、すごい名言を教えたるわ」

 ボスはまた僕のノートをひったくって、適当に開いたページに漢字の羅列を書き込んだ。

易窮則変、変則通、通則久

「易は窮(きゅう)まれば変(へん)じ、変ずれば通(つう)じ、通ずれば久(ひさ)し。だいたい意味わかるやろ。行き詰まってどうしようものうなったら、変わらざるを得んようになる。変われば自ずと道は開ける。すると物事は久しく続く、ちゅうんが自然の理ことわり、つまり宇宙の法則なんやけど、ここで一番大事なんは何?」

「ええっと、変わること、ですか」

「ピンポンピンポーン。変わるっちゅうプロセスを経て、初めて新しい道が開けるんや。ほんでな、行き詰まるのは『変われ』のサインやから、悪いことやない。でかいチャンスきたー! ってことやねん」

「ということは、体がフラフラしておかしくなったのもサインなんですね。今こそ酒をやめろっていう」

「そやなぁ。酒やめたのはおっきい変化やな。けど、まだアンタの道は開けてへん。ちゅうことは、もっと根本的なとこから変わらんとアカンねやろなぁ。ヒヒヒッ」

 どうやらボスは「自分が変わる必要がある」と僕に言わせたくて、沈黙の圧をかけていたらしい。僕がまんまと思う壺にはまったから、こんなにテンションが高いのだろう。

 さっきの沈黙はすごかった。

相手を威圧するテクニックなどというレベルじゃない。人の心を操る「術」だ。華僑がそんな術まで使うなんて知らなかったが、弟子になったら僕も身につけられるかもしれない。

「でもどう変わればいいのか、さっぱりわかりません。家族との向き合い方も正直わからないんです……。ボスにとっては簡単なことでしょうけど、僕のような者には非常に難しい問題です」

「しゃーないなぁ。ホンマ、出血大サービスやで。アンタが変わるための宿題を出したるわ。これクリアできたら、ちょっとだけ弟子入りのこと考えたってもエエで」

「本当ですか!」

「ワシに二言はない、とまでは約束せえへんけど?」

「うーっ、それでもいいです。ぜひお願いします」

「ほないくで。人生に行き詰まり悩み惑う、かわいそうな青年を救う黄金の宿題はコレや!」

 ジャーン! ふざけた効果音を発しながらボスがノートに書いたのは、こんな言葉だった。

ズルくなれ

「ズルくなれ? これが宿題ですか?」

「そやで」

「ズルいって、ズルいってことですよね?」

「そやで」

「あの、できないとは言いませんけど、仕事の手を抜くくらいのズルはむしろ得意な方で、そうは言っても僕だってそんなに悪いヤツにはなりたくないっていうか……」

 へどもどしている僕の様子を見て、ボスが言った。

「ああそうか。日本でズルいヤツいうたら悪いヤツやねんな。詐欺師くらいのイメージか。ワシら華僑の間ではちゃうねん。ズルいは賢いの意味で、褒め言葉や。賢いいうても勉強ができる賢さとはちゃうで。智恵が回る賢さいうんかな」

「智恵といってもズルいんだから悪智恵ですよね」

「悪智恵も智恵のうちやけど、人を騙(だま)して金を奪い取るようなんは浅智恵もしくは猿智恵やね。最後まで自分の思うとおりに遂行して、こっちの思惑を相手に悟らせへんのが智恵や。バレることがなければ相手に嫌な思いもさせへんやろ」

「バレないように、ですか」

「さっきアンタが言うてた、奥さんに逆ギレして黙らせるいうんは浅智恵、猿智恵や。明らかに自分が不利やから、先制攻撃食らわして自分守ってるわけやろ? 本心バレバレやし弱点みえみえやん」

「そこまでお見通しとは……」

 すかさずボスがツッコんでくる。

「おっ、上手いこと引っ掛けたな。底が浅いだけに、そこまでお見通しってか」

「ハハハ。どうも……」


「自分が可愛いのはみんな同じや。みんな自分が大事やし、自分が得したい思てんねん。ただアンタはそれをストレートに出しすぎるっちゅう話やけど、自分が一番大事やてハッキリ自覚してるやん? それはエエことや。賢いズルさを習得できる素質がある」

「どういうことですか?」

「賢いの意味でズルくなるにはな、何をするにしても『自分のためや』って意識し続けることがめっちゃ大事やねん。最終的に自分が得することを考えて、目の前の得は人に譲るほんで自分はもっとでっかい得を狙う。ま、成功するための基本とも言えるわな」

「そうなんですか? 成功するには、いかに人のためになるかを考えるのが大事なんじゃないんですか? 成功した人の本にもよく書いてあります。それって建前なんでしょうか」

 僕は頭に浮かんだ疑問を口に出した。

「建前でもあるし、本音でもあるやろね。ワシも否定はせえへんで。人は弱いもんや。成功したい思ても、自分のためっちゅう動機だけやったらなかなか動かれへん。ワシら華僑かて親族のメンツのためやからこそがんばれる面はある。
 そやけど、突き詰めたらそれも自分のメンツを守るためや。金儲けにこだわるんも、自分の能力を証明したいがためや」

「人に親切にするのも結局は自己満足とか、周りからの評価のためだったりしますしね」

「それを本気で人のためやと思とるヤツおるやろ。そんなヤツほど見返りを求めんねん」

「なるほど」

何をするにも基本的には自分のため。そう認めて割り切っとるヤツのほうが、人に得させて巻き込むのが上手いねん。人を巻き込んだら今度は相手に迷惑かけられんからちょっとのことでくじけんようになるやろ? それに自分のためと思てたら、騙されるリスクも減るし、失敗しても人のせいにはでけへんから、智恵を絞ってもっと賢うなる。
 そんなこんなで結果的に金稼げるようになるんや。そしたら金儲けの建前が必要になってくる。成功した人間で、人のためや言うてるヤツは、たいがいそういう賢いズルさを持っとんねん」

「僕もそうなれますかね。お金がない僕でも」

「最初は金なんかいらん。知識、経験、体力、時間、アンタが持ってるもんを人に利用させたったらエエねん。利用されへんかったら自分の価値を人に知らしめることはでけへんからな。
 会社がアンタに給料払ってるのと同じ理屈や。アンタが少々変人で会社に馴染めてへんとしても、利用価値は大いにあると認められとるわけやろ。家も同じように考えてみぃ。奥さんに自分を利用させたら、火種もすぐ消えるはずや」

「わかりました。ありがとうございます。必ずやります、宿題」


 夢中になって時間を忘れていたが、ずいぶんと長くお邪魔してしまった。ボスに詫びながら時計を見ると、なんと30分も経っていない。これほど濃い時間を経験したのは、たぶん人生初だ。

 僕が応接コーナーから退席すると同時に、ゾロゾロと若い中国人たちが入ってきた。ボスが言っていたバイトの留学生たちなのだろう。

 彼らの一人がボスに中国語で何やら話しかけた。ボスは短く応えただけだったが、その顔は僕に見せる顔とは明らかに違う。

なんというか、ちゃんと〝華僑のボス〟だ。

 そうか。僕は部外者なんだよな……。

 お金持ちになることが弟子入りの目的だったが、このボスについていったら、本当に僕の人生が変わっていくのかもしれない。いろんな感情と感覚がごちゃまぜになった状態で、僕は家族が待つ家へと帰った。

ボスの教え

・変わるというプロセスを経て、初めて新しい道が開ける
・行き詰まるのは悪いことじゃない。大きなチャンスだと思え
・ズルくなれ←宿題
・何をするにも「自分のためだ」と意識し続けることがめっちゃ大事

*  *  *

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