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事件は終わっていなかった…恐怖の「リカシリーズ」第5弾! #4 リメンバー

バラバラ死体を川に捨てていた女が、現行犯逮捕された。フリー記者で、20年前の「雨宮リカ事件」を調べていたという。精神鑑定を担当した立原教授の周囲では、異常かつ凄惨な殺人が続発。現場で目撃された長い黒髪の女は何者なのか……。これまで多くの読者を恐怖の底へ叩き落としてきた「リカシリーズ」。5作目となる『リメンバー』は、さらにパワーアップしたリカが帰ってきました! 忍び寄る恐怖に総毛立つ、その冒頭をご覧ください。

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ミーティングルームに戻ると、煙草の匂いがした。ばつの悪そうな表情を浮かべた山茂が、携帯灰皿に吸いかけの煙草を押し当てて消した。

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わたしたちがそれぞれの席に腰を下ろすと、山茂に目をやった樋口が、時系列に沿って簡単な経緯を説明します、と手元のタブレットに触れた。

座ったまま、山茂が新しい煙草に火をつけて、煙を吐いた。どこか不安そうな様子だった。

警察の組織は複雑で、説明するのが難しいんですが、と樋口が話し出した。低いが、よく通る声だった。

「宮内静江による滝本実さん殺しは、警視庁捜査一課の担当で、捜査の指揮を執っているのは第五強行犯八係の山茂警部補です。僕が所属しているのは、同じ捜査一課ですが、特命捜査対策室、通称コールドケース班と呼ばれていますが、要するに未解決事件の継続捜査がメインの部署です」

何となくわかりますよ、と日比野が言った。刑事ドラマをよく見ているので、そこから知識を得たのだろう。

「滝本さんの事件は十日前に起き、犯人の宮内も逮捕されています」

僕たちコールドケース班と、直接の関係はありませんと樋口が微笑んだ。

「ですが、過去に起きた事件と関連がある可能性が高いという一課長の判断があり、本件については僕も臨時に強行犯八係に属し、捜査に加わることになりました。皆さんに理解していただくためには、その事件について説明しておく必要があります。僕から話した方がいい、と山茂警部補から指示があったので……」

彼の方が詳しいですから、と山茂が言った。過去の事件、と岸辺と日比野が顔を見合わせた。

事件が起きたのは、約二十年前です、と樋口がファイルをめくった。

「ある男性が、女性からストーキング被害を受けたんです。二人は今で言うマッチングアプリ、当時は出会い系サイトと呼ばれていましたが、インターネットを通じて知り合いました。メールのやり取りが始まり、自業自得と言えばそうなんですが、男性が甘い言葉で女性を口説き、そのために女性が執拗な付きまといを始めたわけです。身の危険を感じた男性は警察に相談しましたが、その時の担当が皆さんの見たS……菅原警部補でした。僕たちがここへ来る前、立原教授が皆さんに見せた映像に、男性が映っていましたね? あれが菅原警部補です」

菅原、とわたしはつぶやいた。さっきはイニシャルで話したが、実名を含め状況を詳しく説明した方がいいと彼が強く主張してね、と立原教授が樋口に顔を向けた。

菅原忠司警部補は、警視庁捜査一課強行犯係に所属していました、と樋口が話を続けた。

「もう一人の女性ですが、彼女は梅本尚美巡査部長、今、僕がいるコールドケース班所属で、僕の四期上の先輩でした」

二人は刑事だったのか、と日比野が額を強くこすった。説明を続けます、と樋口が口を開いた。

「当時、ストーキングが犯罪だという認識が薄かったのは事実です。二十年以上前ですからね……男性の相談を受けた菅原警部補が捜査を始めましたが、女性ストーカーは男性を拉致し、その後姿を消しました。その際、犯人は男性の両腕、両足を切断、更に目を抉り、耳、鼻、舌を切り取っていました。つまり、放置されていても逃げることさえできない状態だったわけですが、その意味がわかりますか?」

想像しただけで吐き気がした。四肢を切断しても、感染症を防ぐ十分な措置を講じれば、死亡することはない。

だが、犯人の女性は男性の五官まで奪ったという。それは生きていることになるのだろうか。ただ存在するだけの肉塊に過ぎないのではないか。

全員の顔に、嫌悪に似た表情が浮かんでいた。気持ちはわかります、と樋口が小さく息を吐いた。

「異常かつ残忍な行為ですからね。猟奇的とさえ言えます……切断された手足、その他の部位を発見したのは菅原警部補でした。最悪の事態を防げなかった責任感からか、あるいは被害者の絶望を自分の身に置き換えたのか、いずれにせよ強い精神的なショックを受け、現場で昏倒し、今日に至るまで、皆さんが見た映像と同じ状態が続いています。あえて言いますが、廃人同様です」

犯人は捕まったんですかという岸辺の問いに、樋口が肩を落とした。

「コールドケース班が捜査を引き継ぎましたが、女性ストーカーの所在すら不明なままでした。ですが、事件の十年後、被害者男性の死体が見つかったことで再捜査が可能になり、一課とコールドケース班が合同で捜査本部を設置しました。その時、コールドケース班にいたのが梅本刑事です」

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説明を続けている樋口を山茂が一瞥し、目を逸らした。それ以上詳しい事情を部外者に話すな、と言いたいのだろう。苛立っているようにさえ見えた。

「梅本刑事も、捜査に加わったわけですね?」

モニターに映っていた女性の優しそうな笑みを、わたしは思い出していた。梅本には個人的な理由があったんです、と樋口がうなずいた。

「彼女が所轄署から本庁に上がった際、指導を担当したのが菅原警部補でした。当時、捜査一課に女性刑事が所属することはほとんどなく、不当な差別もあったようですが、菅原警部補だけは親身になって梅本を指導、教育していたそうです。その関係は、一年後に梅本がコールドケース班に異動するまで続き、二人の間に強い精神的な繋がりがあったことは、周囲の刑事たちも認めています。恩師ともいうべき菅原警部補を廃人同様にした犯人に、梅本は強い憎悪を持ち、逮捕を自分の義務、あるいは使命と考えていました。仇討ち、ということでしょうか」

梅本刑事が犯人を逮捕したんですかと尋ねた岸辺に、結果としてはそうです、と樋口が答えた。

「警察に相談する前、被害者男性は私立探偵にストーカー女性の調査を依頼していたんですが、その報告書は菅原警部補を経由して、コールドケース班が保管していました。それをもとに、梅本は独力で捜査を続け、犯人の行動パターン、心理をすべて読み切り、どこに現れるかを予想し、確保に向かったんです。しかし、激しい抵抗に遭い、右目を抉られるという重傷を負いました。現場に駆けつけた同僚の青木という女性刑事が犯人を射殺し、正確には逮捕と言えないかもしれませんが、事件は終わったんです」

梅本は右目を失いましたが、救出されましたと樋口が言った。モニターの女性が眼帯をしていた理由がわかった。

自分のスマホをスワイプしていた日比野が、これですか、と画面を向けた。

「女性刑事、犯人を射殺……東洋新聞のニュースサイトの記事だ。十年前か……ずいぶん扱いが小さいな。ベタ記事で、続報もない」

刑事が犯人を射殺したという話は、わたしもほとんど聞いたことがなかった。大問題になってもおかしくないだろう。日比野が向けたスマホの画面を見たが、見出しと数行の記事があるだけだった。

警察は身内に甘いと聞いたことがある、と片目をつぶった日比野に、この事件は違いますと樋口がデスクを軽く叩いた。

「犯人が被害者にした行為は残虐で、非人道的なものです。手足、五官を奪われた被害者は、数日、長くてもひと月以内に意識を失ったと思われますが、脳機能が生きていたとすれば……最悪の拷問ですよ」

だから射殺してもいいってことですか、と日比野が口元を歪めた。そんなことは言ってません、と樋口が横を向いた。

「ですが、青木が犯人を射殺しなければ、間違いなく梅本は殺されていたでしょう。刑法37条の緊急避難を適用することも可能でしたが、やはり刑事が犯人を射殺するというのは……結局、青木は懲戒免職となり、他に当時の捜査一課長、特命捜査対策室長の降格等、数名の処分によって、事態を収めたわけです」

ここからが本題です、と樋口がわたしたちの顔を順に見た。

「宮内による滝本実さん殺しは、被害者の自宅で刺殺した後、浴室で死体を解体し、川に体のパーツを捨てるという手口でした。実は、ほぼ同じ形で殺害された者が、この五年間に四人いるんです」

連続殺人ですか、と顔を上げた岸辺に、厳密には違います、と樋口を制した山茂がポケットから取り出した煙草をくわえた。自分が話した方がいい、と思ったようだ。

「連続殺人とは同一犯による犯行を指しますが、四件の事件を精査した結果、犯人はそれぞれ別にいることが判明しています。傷の深さ、位置、角度、凶器や利き腕の違いなど、細かいところで差異があって、ベテランの監察医であれば、そこは簡単に判別できるんです。海や川でバラバラ死体が発見されたことは、四件ともニュースになっていますが、詳細は公表されていません。にもかかわらず、手口が同じというのは……不可解な話です」

どういうことでしょうと質問したわたしに、わかれば苦労しません、と山茂が煙草に火をつけた。

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