世界最強の稼ぎ方

華僑のボスに叩き込まれた 世界最強の稼ぎ方 1┃大城太

プロローグ

「は? ワシに弟子入りしたい? アンタ何言うてんの? 頭おかしいんちゃう? ワシにめちゃくちゃ会いたがってるヤツがおるっちゅうから、儲(もう)け話かと思たら、弟子て。それはないわ。100%ないわ」

 ……断られている。勘違いしようがないほど完全な拒否だ。

「ホンマ、砂漠で砂売り込まれるほうがよっぽどマシやで。ぜんぜんオモロないし、ヒマつぶしにもならんわ」

 僕は一瞬天を仰いだ。初登板でいきなりホームランをくらったピッチャーのように。仰いだところで空は見えない。太陽も月もない。

代わりに巨大なシャンデリアがキラキラと輝いている。

 あまりの眩(まぶ)しさに目を細めた僕の対面で、黒光りするソファに身を沈めているのは、50代前半くらいのやけに色ツヤのいいオッサンだ。

僕に「ないわ」と言い放った後もまだ気に入らないのか、ブツブツと小言を呟(つぶ)やいている。

 本当に彼が僕の探していた男なのだろうか。

 見たところ、貴金属や宝石類は一切身につけていない。がっしりとした体格にフィットしたスーツや靴は高そうに見えなくもないけれど、僕にはわからない。なにしろ僕のほうはスーツ5000円、靴3000円だ。

 しかし本当の大金持ちというのは、意外とこんな感じなのかもしれない。まして在日中国人から〝ボス〟と慕われる、華僑の大物ともなれば。

 華僑。それは中国や台湾といった故郷を飛び出し、世界各国でビジネスを営む中国人のことだ。「世界最強の商人」とも言われるビジネスセンスを持ち、裸一貫から富豪にまで上りつめる者も多いという。

 さて、どこから攻めてみたものか。とっかかりを求めてぐるぐると頭をフル回転させる。

 すると、ボスがこちらの心を見透かしたように言った。

「なんぼ考えてもムダやで。アホが考えてもアホの答えしか出えへんねんから。話終わったんやったらさっさと帰ってや。丁寧に言おか? お引き取りくださいませ~」

 アホってなんだよ、アホって。会って数分なんだからアホかどうかわかんないだろ。

元来、僕は負けるのが大嫌いなのだ。

今やっている営業の仕事でも、客が手強いほど闘志を燃やすタイプである。そうだ、ボスのことを初対面の見込み客だと思ってセールストークをしてみよう。セールストークには自信がある。というか、僕の武器はそれしかない。

「大変失礼しました。いきなり弟子にしてくれだなんて、虫がよすぎますよね。でも、もう少し僕の話を聞いていただければ、きっとお気持ちが変わります。ボスにとってメリットがあるとわかっていただけるはずです」

 ボスは、ちらっと壁の時計に目をやり、さらに携帯電話をパカッと開いて(いわゆるガラケーだ)わざとらしく眉間にシワを寄せた。

帰れ、という無言のメッセージなのだろうが、それぐらい無視するたくましさがなければ営業マンなんてやっていられない。

「僕は起業してお金持ちになりたいんです。もちろん、それは僕の思いであって、ボスには関係ないことだというのは重々承知しています。ですから学ばせていただく代わりに僕を子分として使ってほしい、そう言いたかったんです」

「…………」

「当然こう思われるでしょう。こいつがなんの役に立つのか? それなんですけど、ボスは優秀な営業マンが欲しいと思っていらっしゃいませんか? だったら必ずお役に立てます。僕、30歳になったばかりなんですが、新卒の時からずっと営業畑でやってきました。営業成績は常にトップクラスです。一度転職していますが、それも僕の営業力が期待されてのことでして、期待された以上の成果も出せたと思っています」

「…………」

「あの、僕が学ばせてもらいたいのは華僑の方が実践しているビジネスのやり方ですので、営業が得意といっても、自分流にこだわるつもりはありませんし、イチから教えてもらおうなんて厚かましいことも考えていません。そばに置いていただけたら、自分で学びます」

「…………」

「ダラダラと居座る気もありません。1年もあればボスの会社の売り上げにしっかり貢献することができますし、僕も起業に踏み切ることができると思うんです。起業した暁には必ず成功してボスのメンツを立ててみせます。
 ですから1年だけ、ほんの1年でいいんです。ボスの下で働きながら修業させてもらえないでしょうか。もし、万が一にも役に立たなかった場合はすぐに追い出してもらってかまいませんので」

「…………クックックッ、クックックッ、ブワーッハッハッハッ!」


 無表情だった顔がいきなり崩れたかと思うと、ボスは身をよじって笑いだした。

「はー、油断してたわ。いきなり弟子にしてくれ言うて、こいつアホやと思てたら、今度は真面目に笑い取りにくるとはなぁ。オオシロさんいうたかいな。アンタ、ずいぶん厚かましいけど、ホンマに日本人?」

「はい、大城太(おおしろだい)です。日本人です。勤勉で真面目な日本人です。厚かましくて申し訳ありません。だけど、ボスには迷惑かけませんし、ボスの言うことはなんでも素直に聞きます」

「いや、華僑にとって、厚かましいは褒め言葉や。でも残念やなぁ。華僑のやり方は日本人には無理やと思うで。ワシ立証済みやねん。ワシのとこで働きたい言うて来た日本人はアンタが初めてやないっちゅうことや。まあいきなり弟子にしろ言うヤツはおらんかったけどな。みんな最初は自信満々やったでぇ。けど一人も残ってへん」

 ボスは、小皿に入ったナッツをぜんぶつかんで口に放り込んだ。続いてグラスに半分ほど残っていたビールを飲み干し、わざとらしく肩をすくめてみせた。

「まあそういうことや。ゲフッ」

「お言葉ですが、日本人もいろいろです。僕が初の成功例になってみせます」

「へぇ、大した自信やけど、根拠は?」

「根拠も何も、僕は絶対にお金持ちになると〝決めた〟んです。だから華僑の方々のお金儲けのやり方を学びたい。なぜ華僑の方々は、世界中で財を成しているのかを知りたいんです。そのために方々を訪ね歩いていくなかで、ボスのことを知りました。そして、幸運にも今日お目にかかることができた。
 決意して行動したことに、運まで味方してくれてるんです。途中で挫折するわけがないじゃないですか」

 そう、挫折するわけにはいかないのだ。

サラリーマンの小遣いなんて一瞬で吹き飛ぶ高級歓楽街で〝華僑探し〟をしていた僕は、中国人の客引きから情報を得ようとしてさんざんカモられ、妻に内緒で使いまくったカードローンの返済がヤバいことになっていた。

「クーッ。ホンマに笑わせよるな。根拠のない自信っちゅうのはまさにそれのことや。
 その意気、エエんちゃう。アンタ今、どないかしたらワシの弟子になれるはずや、ほんで絶対に金持ちになれるはずやと思てるやろ? 根拠のある自信しかないヤツはそんなこと考えへん。たいがいのヤツは根拠がないことは実現不可能やと思いよる。自分で限界決めてまうねんな。あっ、今ワシ、エエこと言うたわ。メモっときや。10万円の価値はあるで」

「根拠のない自信……。そうですね、正直、断られるなんて思ってなかったので。でも諦めるつもりはありません。おっしゃるとおり、絶対に弟子にしてもらえると思ってますし、お金持ちになれると信じてます。だから……」

「あ、勘違いせんといてや。アンタを弟子にするつもりはないで」

 ボスはテーブルにこぼれたナッツの欠片かけらをつまんで床に落としながら、「これっぽっちもな」と付け加えた。

 変なところを褒めたかと思えば、結局断るのかよ。

 僕は少々疲れてきた。第一このオッサンが本物なのかどうか見極める必要もあるし、作戦を練って再チャレンジしたほうがいいかもしれない。

「わかりました。今日は帰りますけど、ぜひ僕にもう一度チャンスをください。どうしたら認めてもらえるのか考えて出直してきます。また会っていただけますよね?」

「めんどくさいなあ。まあアンタ日本人にしてはオモロいし、たまーに話するくらいやったらエエで。でも期待はせんといてな。それと、ここには来んといて。ここはワシが大事な客人をもてなす会員制クラブなんや。どうやって入りこんだんかは知らんけど、どこの誰かもわからんアンタの来るとこやないねん。今日は客人が遅れてくる言うから、ヒマつぶしに相手してやっただけやで」

 来るならオフィスに来い、と言って渡された名刺をうやうやしく受け取りながら、顔がほころぶのを感じた。

オフィスを教えてくれるなんて脈ありってことじゃないか。周到に作戦を練れば、次は必ず落とせる。僕は勝ったも同然のつもりでいた。

 しかし、その見通しは甘かった。

 この夜、ボスが最後に放った言葉を発端に、僕はこれまでの人生のツケを清算することになったのだ。

「今日のところは、労に報いてひとつだけ教えといたるわ。それはな、『考えて出直してくる』いうんがすでにアウトっちゅうことや。出直す機会があるなんて、いつ誰が言うた? 厚かましいのも、根拠のない自信もエエけど、断られるのを想定してへんのは致命的や。

 ええか、〈想定外〉いうのは貧乏神みたいなもんやねん。アンタどうせこれまでの人生、想定外ばっかりやったんちゃうか? いや、話聞かんでもわかんで。まず貧乏神を追い出さへんかったら、金持ちにはなれへんで」

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