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お嬢様研修医、現る…生と死の現場をリアルに描いた人気シリーズ第2弾! #4 逃げるな新人外科医

雨野隆治は27歳、研修医生活を終えたばかりの新人外科医。2人のがん患者の主治医となり、後輩に振り回され、食事をする間もない。責任ある仕事を任されるようになったぶんだけ、自分の「できなさ」も身にしみる。そんなある日、鹿児島の実家から父が緊急入院したという電話が……。

泣くな研修医』に続く中山祐次郎さんの人気シリーズ第2弾、『逃げるな新人外科医 泣くな研修医2』。現役外科医でもある著者が、生と死の現場をリアルに描いた本作から、冒頭部分をご紹介します。

*  *  *

「続いて二人目! 女子です! 女子来た! お願いします!」
 
司会の医師も盛り上げる。

「はーい、みなさんこんばんはー! おつかれさまでーす!」
 
そう言うと、いきなり手にしていたコップのビールを飲み干した。居酒屋内にどよめきが起こる。今年は飲みキャラが多いのだろうか。
 
「私はぁ、西桜寺凜子と、申します」
 
高い声が発せられると同時に、あっという間に店内は静かになった。
 
「東京生まれ、世田谷育ち、出身は聖メアリー女子医科大学です。父が世田谷区長をやっていたので、世田谷以外のところで働きたいと思ってこちらに参りましたー!」
 
――なんか、すごいなこの人も……。
 
隆治があっけにとられつつ見ると、カールのかかった髪の毛が腰の高さまであった。スーツは一見普通のベージュのパンツスーツだが、光沢を放っている。高そうだ。
 
「志望する科は、外科ーー!」
 
おおおおお! という声で外科医たちが一斉に盛り上がった。
 
「以外ですぅー。すみませーん!」
 
外科医たちがコケるとともに、大爆笑に包まれた。
 
――こ、これはキャラが強い……。
 
「ちなみに、外科はなんで志望しないんですかー?」
 
司会の医師が盛り上げるためか、聞いた。
 
「えー、だってー、なんかちょっと消化器って抵抗があってぇー。でも外科の先生たちは飲んでくれるので大好きです! 飲みに行きましょー!」
 
なんて失礼なヤツ……と隆治は思ったが、外科医たちは大盛り上がりしている。
 
「いいぞー!」
 
「飲みに行こー!」
 
「凜子ちゃーん!」
 
「だそうです! 外科の先生たち、良かったねー! 西桜寺さんでしたー。拍手ー!」
 
内科部長が締めた。
 
はじめの二人の印象が強すぎて、あとの四人の挨拶は誰もほとんど聞いていなかった。
 
 
隆治は、隣で淡々と刺身を食べている佐藤に再び話しかけた。
 
「先生、あの子すごかったですね、サイオンジさんでしたっけ」
 
「サイオウジ、だろ」
 
「あ、そうでしたっけ。ああいう人、入ってくるんですね、うちの病院にも」
 
「ああいう、医者を真面目にやる気ないヤツがたまに入ってくるんだよ」
 
佐藤はビールジョッキを片手にそう言った。ただでさえ小さい顔が、大きなビールジョッキのせいで余計小さく見えた。
 
「でも、最初に外科回ってくるらしいぞ」
 
佐藤の隣にいた岩井が言った。
 
「え! 外科ですか! あんなに興味ないってはっきり言われちゃってましたけど、どうしましょうねえ」
 
隆治はため息をついた。
 
「いや、オペ入れなきゃいいよ、ほっとけばいいって」
 
佐藤はどうやら本当に嫌っているようだった。
 
「佐藤お前、そんな厳しいこと言うなよ」
 
「いえ先生、でもあの子はさすがにないんじゃないでしょうか」
 
「ほら、佐藤怒っちゃったじゃないか、お前なんとかしろよ」
 
岩井が隆治に振った。
 
――なんとかしろよって言われても……。
 
「あ、はあ、すみませんでした」
 
 
その時、西桜寺凜子が外科のテーブルに挨拶をしにやってきた。
 
「失礼しまーす! 西桜寺凜子ですぅー、よろしくお願いしますー! 先生方は何科の先生ですかー?」
 
テーブルの外科医が一斉に凜子に注目した。
 
――よりによってこのタイミングで……。
 
「外科の雨野です、よろしくね」
 
隆治が言うと、
 
「さっきは、すみませんでしたー。でも一生懸命頑張りますぅ。よろしくお願いしますー!」
 
「おおーよろしく」
 
「いいね、頑張ってね!」
 
佐藤以外の外科医がグラスをぶつけて乾杯した。佐藤は横を向いている。どうやら話したくもないらしい。仕方なく、隆治が話し始めた。
 
「で、最初は外科配属なんだよね?」
 
「そうなんですぅ。私、体力ないから心配で……」
 
「うん、まあちょっとずつやってけばいいよ」
 
「はい、ありがとうございます! 雨野先生、優しいですねー!」
 
そう言いながら、凜子は次のテーブルに挨拶しに行ってしまった。
 
凜子が行ったあとに、気まずい雰囲気が漂っている。
 
――よりによってすぐ外科に回ってくるなんて……。
 
隆治は、気が抜けたぬるいビールをぐっと一気に飲み干した。

「それじゃ、お願いします」
 
「お願いします」
 
「お願いしまーす!!」
 
一人だけ高い声でタイミングがずれているのは、研修医の凜子だった。
 
歓迎会の翌々日。朝九時三〇分。
 
隆治は、医者になりたての凜子とともに手術に入っていた。大腸がんの腹腔鏡手術を執刀するのは、佐藤だった。助手をしつつ岩井が指導し、隆治は第二助手としてカメラ持ちをしていた。
 
今日は、二件続けて同じ外科医メンバーでの手術だ。しかも隆治が主治医を務める二人の患者の手術だった。
 
一件目は、大腸がんステージIVの水辺一郎だ。結局、身寄りのない単身者ということで、めったにないことだが、家族の立ち会いなしでの手術になった。
 
 
手術の前に、麻酔科の医師が麻酔をかける。研修医や若手の外科医は麻酔の導入を手伝う。手術前はずっと長袖を着ていたため、隆治は気づかなかったのだが、水辺一郎には背中から腕まで続く入れ墨があった。もちろん看護師は把握していたが、情報が伝わってきていなかった。
 
手術室でいざ隆治が点滴の針を刺そうとして、腕に入れ墨が入っているのに気がついた。隆治の後ろでは、凜子が驚きのあまり固まっていた。隆治は努めて冷静に入れ墨模様の上から刺し、点滴ルートを確保した。
 
「えっ、なんだコレ?」
 
隆治は思わず声を上げた。水辺の陰茎にいくつか大きなイボのような、突起があった。触れると固い。
 
全身麻酔では、男性の場合は尿の管を陰茎の先から入れる。それも看護師や若手医師が行う。隆治が驚いていると、凜子は今度は興味津々に、
 
「なんですかこれー?」
 
と聞いてきた。
 
「いや、なんだろねコレ。初めて見た。尖圭コンジローマでもないし」
 
「まさか腫瘍とかですかー? 陰茎腫瘍?」
 
隆治たちがたじろいでいると、年配の手術室の看護師が、
 
「時々入っている人がいるんですよ。昔は刑務所で入れる人もいたみたい」
 
と教えてくれた。
 
「へぇー、そうなんですね!」凜子がなぜか目を輝かせている。
 
 
手術が始まり、臍に一センチの創がついてカメラが入る。
 
「うわっ!」
 
またしても隆治は声を上げてしまった。お腹の中は、吹雪のあとのように真っ白だった。よく見ると、白いつぶつぶのようなものがお腹の中一面に広がっていた。
 
「播種ですね」
 
佐藤が冷静に言う。播種とは、正式には腹膜播種と言い、お腹の中にがんの小さいつぶがばらまかれてしまった状態を言う。胃がんや大腸がんなどで進行すると起こることがある。
 
「そうだな。一応確認で、一カ所かじりとって病理に出しとこ」
 
岩井も冷静だ。
 
隆治は衝撃を受けていた。もともと水辺はステージIVで肝臓にも多数の転移があったが、お腹の中にもこれほど広がっていたとは、予想していなかった。手術前の検査でも、播種はまったくわからなかった。
 
凜子は黙っていたが、しばらくして、
 
「これってなんなんですか?」
 
「これ、ぜんぶ取れませんよねえ? 治るんですか?」
 
などと隆治に質問し始めた。手術前に指導医の岩井が「研修医は学ぶのが仕事だ。手術中でも疑問に思ったことはすぐに聞けよ」と凜子に伝えていたのだが、この状況で聞かれるのは隆治にとって辛かった。
 
しかし、凜子も悪気があるわけではない。声のトーンは普段より少し下がっていて、どうやらこの空気をある程度は読んでいるようだ。
 
「これは播種、がんが散らばってしまっている」
 
「これがあるとかなり予後が悪いよ」
 
隆治がなんとか解説していると、
 
「ということは、この手術でS状結腸がんを取る意味はもうないんですか? もうこれで手術中止ですか?」
 
と凜子がさらに聞いてきた。
 
――うっ、たしかに……。
 
「そうだね、予後っていう意味では取る意味はあんまりない、かも……」
 
これまでに数人、隆治の下にも後輩の研修医がいたことがあったが、ここまでグイグイ聞いてくる研修医は初めてだった。あまりに本質をついた質問に、隆治が返答に詰まっていると、岩井が口を開いた。
 
「雨野の言うとおり、予後に直接寄与はしない。あ、予後ってわかるよな? でも、この人は腫瘍が大きくて便の通り道が狭くなり、ご飯がいま食べられないんだ」
 
凜子は大きく二回頷いた。隆治は黙っていた。
 
「だから、手術でS状結腸がんを取ることでご飯が食べられるようになる。そうなれば、体力が戻り、抗がん剤に行けるチャンスがあるかもしれない。あと、このがんを残したまま抗がん剤をすることもできるけど、出血したり痛みが出たりして良くないことが多い。だから、今日はS状結腸がんは取るよ」
 
岩井はそう言うと、
 
「播種があるが、手術は予定どおり! ただし郭清は軽めになるから手術時間は短くなるよ!」
 
と手術室中に聞こえる声で言った。そして、
 
「なかなかいい質問するじゃねえか、サイオンジ」
 
と加えた。
 
「ありがとうございます。でもサイオンジじゃないですぅ、サイオウジですぅ」
 
凜子が甘い声を出した。佐藤は表情を一度も変えなかった。
 
――佐藤先生、水辺さんの外来主治医だよな……いま何を考えているんだろうか……。
 
隆治は思ったが、佐藤の表情からは何も読み取れなかった。

◇  ◇  ◇

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逃げるな新人外科医 泣くな研修医2


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