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誰もが「まさか」と驚く結末へ…必ず涙する、感動の鉄道員ミステリ #5 一番線に謎が到着します

郊外を走る蛍川鉄道の藤乃沢駅。若き鉄道員・夏目壮太の日常は、重大な忘れものや幽霊の噂などで目まぐるしい。半人前だが冷静沈着な壮太は、個性的な同僚たちと次々にトラブルを解決する。そんなある日、大雪で車両が孤立。老人や病人も乗せた車内は冷蔵庫のように冷えていく。駅員たちは、雪の中に飛び出すが……。

「駅の名探偵」が活躍する、二宮敦人さんの『一番線に謎が到着します』。鉄道好きもミステリ好きも、涙なしでは読めない本書から、一部を抜粋してお届けします。

*  *  *

続いて西向島駅、さらにその先の鬼舟駅からも電話がかかってくる。対応していた佐保と翔が、順番に報告した。

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「西向島、見つからず。三人態勢で前方三両も見たそうですが、なかったそうです!」

「鬼舟駅、発見できず。ブリーフケースどころか、鞄らしきものは一つもないそうです!」

船戸の顔が青を通り越して緑のような色になってきていた。人にこんな顔色ができることを壮太は初めて知った。

「駅員さん……ああ……もう、夢だと言ってください……悪い夢だと……そうだ、このあたりに神棚はありませんか? 時間をさかのぼれる穴は? 電車を逆走させたら、時も引っ張られて戻ったりしませんかねえ……」

言っていることがおかしくなってきた。船戸の横、亜矢子は無言のままだ。しかし歯を食いしばり、両手の指を固く絡めて握っていた。

「まだ、他の駅から発見報告はないよな?」

及川助役があたりを見回して聞く。皆、黙って首を振る。

「このままだと、終点についちゃいますね」

七曲主任が言った。

蛍川鉄道は鬼舟駅の二つ先、松原大塚駅で終点だ。一二〇五B列車はあと十分ほどで、その東京側の端っこに到達しようとしていた。

「東京メトロやJRにも捜索依頼を出しておいた方がいいんじゃないですか、及川助役」

及川助役は頷く。蛍川鉄道は松原大塚駅で地下鉄日比谷線、さくらが丘駅ではJR常磐線とつくばエクスプレスにそれぞれ連絡している。もしかしたら忘れ物はそちらに届けられているのかもしれない。

及川助役は他社にも連絡を入れるよう佐保に指示した。それから亜矢子に質問する。

「お客様、お乗りになったのは川入駅とのことでしたね。念のためですが、途中駅でお降りになってはいませんよね?」

亜矢子は首を振る。

「では、川入で乗った際にブリーフケースはお持ちでしたか?」

「持っていた……はずです……」

亜矢子はぼかして言った。船戸はそれを聞き逃さない。

「おい、しっかり思い出せよ……頼むよ……お前、担当編集者だろう?『明日の僕へ』は立ち上げからずっと担当してるじゃないか? それなのに、最後にこんな……なあ、しっかりしろよ……?」

「も、持っていました……」

及川助役は頷く。

「念のため、本当に念のためです。川入駅でも探してもらいましょう」

「お、お願いします」

船戸の言葉に頷き、及川助役は七曲主任を見た。

「七曲、川入駅に連絡頼む。構内捜索を依頼、ベンチの上から女子トイレの中までだ」

「了解しました」

七曲主任は電話機に向かう。

「それから、さくらが丘の手前の途中駅にも問い合わせよう。竹ヶ塚から碓井まで九駅、全部。念には念を入れるんだ。絶対に見つけ出せ」

「はい」

佐保も駆け出す。

再び藤乃沢の管内電話がフル稼働し、あちこちに連絡が飛ぶ。

壮太は一人、考え込んでいた。

亜矢子の記憶を疑い、漏れがないように捜索すべきという、及川助役の判断は正しい。毎日のように鉄道を利用していると、一回一回の記憶は結構曖昧になるものだ。急行に乗ったのが今日だったのか昨日だったのか。網棚に載せたのがいつだったのか、荷物を持っていたのかいなかったのか。忘れてしまうお客さんは数多い。

だが……。

どこか違和感が残り、壮太は亜矢子の顔を見つめた。亜矢子は白い顔で、申し訳なさそうに自分の指先を見ている。

翔が電話に出て、しばらく話してから壮太たちに言った。

「官人町駅、見つからずです。発車時刻を三分遅らせて確認したそうですが、発見できなかったとのこと」

ダイヤを乱してまでの捜索は、最終手段である。だが、効果は得られなかった。

室内に悲愴な空気が漂い始めた。

「おい、お前……ああ、どうしてそんなミスを……お前らしくないよ、ああ、神様……仏様ァ……」

船戸は頭を抱えて小声でずっとぼやいている。目はうつろだ。言葉を口に出している自覚がないようにも思えた。

「ど、ど、どうすればいいんだ? 休載? それじゃすまない。だいたい本庄和樹先生に、何と言ってお詫びすれば? 許してくれるわけがない。ああ、社長が何て言うか……いや、それよりも六年間ありがとうキャンペーンのスケジュールが……玩具会社にお伝えしなくては。いや、広告代理店が先か……? ああ、全てがパアだ。損害はいったいいくらになるんだ……?」

亜矢子はそれを黙って聞いていた。どんな処分も覚悟している、そんな悲痛な面持ちだった。

時間は刻一刻と過ぎていく。

「なあ、亜矢子君」

ふと船戸が顔を上げ、はっきりとした口調で言った。

「……はい」

「そろそろ、本庄和樹先生には一報を入れておいた方がいいかもしれない……」

「そうですね」

「どうする? 亜矢子君から電話するか。それとも俺がかけるか? どっちの方がいいと思う?」

「……」

亜矢子も決めかねているようだった。船戸はため息をつき、決意したように立ち上がった。

「いや、亜矢子君は駅員さんとのやり取りをしてた方がいいな。俺からかけよう。すみません、ちょっと外します」

携帯電話を耳に当て、船戸は遺失物係の部屋から出て行った。ガラス戸の向こうで、何度も頭を下げながら通話しているのが見える。

ガラス戸を隔ててなおはっきりと、携帯電話から漏れる甲高い怒声が聞こえてきた。

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「川入駅、構内捜索完了だそうです。しかし、それらしきもの発見できずとのことでした」

佐保が受話器を置いた。また一つ望みが消えた。

「構内を二度、総出で見てくれたそうですが……これでもないとなると……」

楽天家の佐保も、絶望的な表情をしていた。もう打てる手は全て打った。残された可能性はわずかしかない。誰かが見つけて、今まさに駅に届けようとしているか。それとも、持ち去られてしまったか。

「松原大塚駅より連絡です!」

二つ隣のデスクで、翔が声を上げた。

蛍川鉄道の終点、松原大塚駅。最後の頼みの綱だ。

見つかってくれ……。

みなその一念で、翔の言葉の続きを待っている。

「松原大塚、見つからず。折り返しの車内確認で全車両点検したそうですが、なかったとのことです」

「それでもないのか……」

七曲主任が落胆する。

「どうでしたか、見つかりましたか?」

携帯電話をポケットにしまいながら、ガラス戸を開けて船戸が入ってきた。漫画家の本庄和樹に相当怒られたらしく、ぐったりとした顔であった。

「残念ながら、まだ見つかりません」

壮太が告げると、船戸は乾いた笑いを漏らした。顔は引きつっている。

「そうですか。そうですか、いや、わかってました。そんな顔してましたから。まあ、そううまくはいきませんよね……」

それから亜矢子の隣に座る。

「本庄先生、とりあえずこちらに来るそうだ」

「えっ? これから来るんですか? ここに?」

ずっと凍りついたような顔をしていた亜矢子が、初めて感情を露わにする。亜矢子は明らかに慌てていた。船戸は頷く。

「アシスタントさんが付き添って、タクシーで来るらしい。とにかく待とう。土下座することになるかもしれない……覚悟は、しておくんだ」

「ああ……そうですか……」

亜矢子は窮して目を閉じた。今にも泣き出しそうだ。上を向き、唇を嚙んで、こらえている。

「各駅に再度連絡だ、再捜索を依頼。お客様にもお声掛けして、黒いブリーフケースを見なかったか聞くんだ。駅の近くに交番がある駅は、交番にも問い合わせを」

「はい!」

佐保と翔が、電話をかけ始める。及川助役はまだ諦めていない。壮太も必死で考えていた。他に、何か手はないのか。

「……そうだ」

電車は松原大塚駅に到着した。車掌と運転士もそこで降り、次に乗る電車までしばし休憩となる。今なら車掌の恵美に連絡が取れる。該当の一二〇五Bに乗っていた、恵美に。

「松原大塚の車掌区に連絡してみます」

壮太は言い、すぐに電話を取って番号を入力した。

「あ、壮太、やあっほー」

ほんわかした声で、恵美がすぐに電話に出た。車掌区で一番の下っ端だから、電話係なのかもしれない。

「恵美、相変わらずだね」

「うん。今日も仕事、楽だよん」

「まあいいけど。ねえ恵美、一二〇五B列車の車掌やってたよね?」

「うん。さっき降りた。今、休憩中よー。何のご用?」

「お客さんから忘れ物の届けとか、なかった?」

壮太は切り出す。

これが最後の望みだった。車内の忘れ物を車掌に届けるお客さんもいる。もしくは、交代の際に忘れ物に気づけば、車掌が回収していることもある。恵美の元に黒いブリーフケースがないだろうか……。

「ないよん」

壮太の淡い希望を恵美は一撃で粉砕した。

「そ、そう……」

「なんで?」

「重大忘れ物なんだ。黒いブリーフケースで」

「ああ、何か指令が言ってたね。あれまだ見つかってなかったんだあ」

何というゆるい反応。壮太はため息をつく。こっちは大騒ぎだというのに、駅員と車掌の温度差はこんなものか。

「まだ捜索中だよ。ここまでの全駅を当たったんだけど、どこからも発見連絡はなし。車掌室のすぐそばに忘れたらしいんだけど……」

「車掌室のそばかあ。でも黒いブリーフケース……持ってる人見た気がするな」

「えっ?」

壮太は身を乗り出す。

「どこで?」

壮太に、周りの全員が注目する。船戸は過呼吸になりそうなほど息を荒くしている。

「どこの駅だか忘れたけど、女の人が持って降りたよ」

「女の人が持って降りただって?」

壮太は思わず復唱した。

ぎゃあと船戸が絶叫した。亜矢子が身を固めて目を閉じた。

「盗んだ! 盗まれた! ああ、ああ、泥棒だ! 誰だ、返せ、返せ! 返してくれ、頼む、うわああああああ、警察! 警察だ! 警察を早く呼んでくれえ────ッ!」

腕を上げ下げし、足をばたつかせてめちゃくちゃに暴れる船戸。取り押さえる七曲主任。がっくりと肩を落とす及川助役。駅長は無表情のままだったが、かすかに髭を動かした。

こちらの阿鼻叫喚を知ってか知らずか、恵美はのんびりと続けた。

「いい人そうな女性だったし、今頃駅に届けられてるんじゃないの─?」

それを聞きながら、壮太の頭の中で一つ閃きが駆け抜けた。

「……まさか」

壮太は呟いた。

そんなことがあるだろうか。浮かんだ仮説を否定するつもりで掘り下げる。しかしいくつもの事象がそれに繋がり、次第に確信に変わっていく。

◇  ◇  ◇

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一番線に謎が到着します 若き鉄道員・夏目壮太の日常

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