運動量が多くてサッカー好き…スカウトを釘づけにした若き日の香川真司 #1 心が震えるか、否か。
欧州で10年、戦ってきた。重圧にさらされ、迷い悩んだときに、大切にしてきた心の指針がある……。日本代表で長年、背番号10を背負い、欧州主要リーグで日本人選手ナンバーワンの実績を挙げてきた香川真司。最近ではベルギー1部リーグ・シントトロイデンへの移籍が話題となり、さらなる活躍が期待されています。そんな彼の初著書『心が震えるか、否か。』は、サッカーファンならずともためになる、深い人生哲学がつまった好著。一部を抜粋してご紹介します。
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出会いは偶然か、必然か
たとえ無名であったとしても、優れた選手はいつか、必ず発見される。あのときの出会いも、必然だったのかもしれない。
2004年の3月、当時セレッソ大阪でスカウトを務めていた小菊昭雄は、FCみやぎの試合を訪れた。視察の目的は、高校3年生に進級する直前のGK丹野研太のプレーを見ることだった。彼を獲得するかどうか。その目処を、つけなければいけない時期にさしかかっていた(最終的に、丹野は翌年1月にセレッソ大阪に加入)。
しかし、小菊は別の選手のプレーに釘づけになった。
線は細かったが、姿勢が良くて、ボールタッチも柔らかい。攻守、両方に積極的にかかわっている。
運動量が多く、魅力的な選手だ。これまでも少なくない試合を見てきたのに、見落としていたのだろうか。
そんなことを考えていた小菊は、関係者から、こう言われた。
「あの子は今度、高校1年生に上がるんですよ」
「えぇ!? と驚きましたよね。確かに、中学生みたいに細い子だなとは思っていましたが……」
前述の通り、香川真司が中学3年生のときには、全国大会に出場していない。香川のことを知らなかったのは、そんな事情もあった。
とはいえ、まもなく高校生になろうとしている子が、高校生に交じって、ひときわ目を引くプレーをしているのは事実だった。小菊の胸が高鳴る。
「その日のうちにFCみやぎの関係者と色々な話をして、彼の生い立ちや務めてきたポジションなどの情報は一気に収集しました」
同時に、心に決めた。
これからは彼のプレーを、こまめに見にこなきゃいけないな、と。
「運動量」が伸びしろを表す
香川は高校3年生になるのを待たずして、2006年のはじめ、高校2年生の終わりからセレッソの一員になることに同意した。
小菊はなぜ、高校生になる前の香川に将来性を感じたのか。それは選手を獲得するかどうかの最終的な判断を下す際に大切にしていた以下の2つの基準と合ったからだった。
(1) 向上心があるかどうか。
(2) サッカーが好きかどうか。
「判断の材料となるのが、ピッチ上の運動量だと僕は思います。試合が始まると、サボりたければいくらでもサボれます。でも、勝ちたいからハードワークする。それが向上心につながります。
サッカーが好きであれば、ボールに触れていたいし、相手とボールを巡って球際の争いになっても、ここで負けたくないと奮起する。それが、運動量として表れると思うのです。プロになってすぐの体力測定でも30メートル走などの短距離のスピードは、年齢的なこともあって他の選手より劣っていたかもしれません。ただ、長距離走や、持久走のデータはすごく高かったです」
香川がセレッソの練習場で残しているものを見て、仙台で得た感覚が間違いなかったことを小菊は確信することになる。
「小学校の低学年の子たちにサッカーをやらせると、いわゆる『団子サッカー』になってしまいますよね。みんながボールの周りに集まってしまう状態です。ただ、あれがサッカーの原点だと僕は思うんです。
真司は高校生になってもそういうところがあって。さっきまで相手のゴール前にいたのに、今度は、反対側にある自分たちのゴールに帰っている。そこでボールを奪ったと思ったら、また相手ゴールの前でボールを受けたり。
もちろん、プロになる過程では、ポジショニングなど色々と勉強して変わっていかないといけない部分はあります。でも、小さな子どもみたいに、とにかくボールに絡もうとする姿を見て、本当にサッカーが好きなんだなと確信できました」
そんな小菊の確信が正しかったことは、香川がセレッソの一員となってからほどなくしてみんなが認めることになった。
〈FROM SHINJI〉
報道でも出ていたように、FC東京の方たちからもすごく良い評価をしてもらっていた。
当時の東京の強化部長代理だった大熊清さんの話からは、自分のプレーをよく見てくれていることが伝わってきたし、ありがたい言葉もたくさんいただいた。その少し前まで大熊さんはU‐20日本代表の監督も務められていた方だったので、説得力があった。それに、東京という街への憧れも……(笑)。
でも、最終的にセレッソにお世話になることを決めたのは、やはり小菊さんの存在が大きかったから。他の誰よりも早く、自分のことに興味を持ってくれて、たくさんの試合や練習を見に来てくれた。単純だと思われるかもしれないけど、自分にとってはすごく嬉しかった。
あとは小菊さんの人間性。あの人のコミュニケーション能力! 人を惹きつけるというか、人の心をつかむのが本当に上手い。実際によく話すようになるのはセレッソに入ってからだけど、小菊さんの言葉や心づかいに救われたことは数え切れない。
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